満足だし。
もう。
逢えたし。

泊まっていけよ、という、寝ぼけ眼の彼の声を振り払いながら、靴を履く。

帰らないと。
寒いし。

微熱がある。
そんな風に熱い頭は、半分思考を停止している。

泊まっていけって。

彼がコタツから出てきた。

遠いいんだろ。

そんなに遠くないよ。

笑って見せると、少し苦々しい顔をした。

もう、満足したから。

俺寝てたのに?

ん、ん。
逢えただけで嬉しいしさ。

「じゃあ」

そう言って振り返らずに早足でアパートを出た。
扉の閉まる音。
景色に耳を澄ますと、雪の音がした。

いいんだ。キスできたから。

もう、いいんだ。

目尻に熱い涙が溜まる。
振り返ると彼が走ってくる姿が見えた、何。ドテラで、なに、

「おまえさ、」

いきなり肩を掴まれて、びっくりしているのを尻目に、
ぜいぜいと息をつぐ。

「キス、して、逃げるなよ」

変なことに、変なことを、考えていた。
彼の耳が赤いことや、
雪がそこにあたって熔けることや、
彼の声を、薄耳で聞いていた、

僕の耳も、きっと赤かった。