スコーピオン



私の胸にほほをおしあてたまま
彼が吐息をつく
こいつは人を縛り上げておいて
人に触れただけで勝手に満足してしまった。
「お嫌でしたか」
相変わらず丁寧な言葉だ。
両手を寝台に縛りあげられた形で
そんなことを聞かれて
なんて言えばいい。
「うん」憮然と答えれば
「はは、ははは」
自嘲するような乾いた笑い方をする。
相変わらず、深い水の底のような青い目は
しかし前のように
純粋さをもたず、むしろ
少しこちらがつらくなるほど
痛みをともなっているように見える。
「あなたが好きでした、
すいません、忘れきれませんでした」
「……」
「今日、夜、窓の下を拝見したら
また蛇がいて、つい」
「うん、お前相変わらずバカだな」
「……あなたはどうして私を買ったんですか」
「うん?」
「……影で
私の、あなたを慕う姿を見て
笑い物にするぐらいなら
目の前に呼び出して、笑ってくれたら
まだよかったのに」
彼の目が奇妙な形に歪む。
「……それぐらいで
出て行ったのか」
「……いえ」
「誰に何を言われた」
無言になる。
「お前への嫌悪を高ぶらせたどこぞのかれが
お前に聞こえるように
お前を理由に私を殺す、だの
うそぶいてたのか?」
びくっとする。
「あのな、どうして
私以外の人間の言うことばかり
お前は信じるんだ?
私をそんなに好きなのに」
「……え?」
はっとした顔にそっと唇を這わせる。
「この縄をとりなさい
まったく、こんな風に縛られるのは
好きではない、いくらなんでも
お前だって、縛られたくはないな」
まるで捨てられた子犬のような顔で
もう一度、私の顔を見る。
「……まぁ、いい
よく覚えておきなさい
私は一応こう言った芸当も習ってきた。
自分の身を守るためにな」
す、と手から縄を抜けると
また、びくっとスコーピオンの体が揺れた。
「それで、もう一つ
覚えておきなさい
私は縛られるより
縛る方が好きだ、

あと、お前の心を知っていながら
知らんふりをして
いじめていたのは本当だけど
笑っていたわけではない、
たのしんではいた

そしてこれが重要だが、
自分を慕い、
また自分も好きである人間に
誤解されて
逃げられるのは
実のところ、
この世で一番嫌いだ」

言葉も出ないで
目を開いているスコーピオンの手を取り
動きができないように手を縛り上げる。
「人を縛る時は
こうした方がいい」
スコーピオンが
口を開き、何も云わずに
あるいは言えずに、また閉じる。
「スコーピオン
戻ってきてほっとした。
前は油断したが
つぎはない
お前は私のものだ、
私のそばにずっといなければならない」




その翌日、スコーピオンをひきずっていって
婚礼を上げることを会議で告げたら
うんぬんカンヌンけしからんと
いろいろあったが
まぁ省略するとなんとかなった。

黒地と白いひげの男が
特に騒ぎ立てるので
(完全な保守派を気取るやつらだが)
じゃあ、ってことで
はったり半分、確信半分をもって
ああ、まったく関係のない話だが
私の父が死ぬ時に
私の顔をみて父が指した黒茶碗な、
なにか細工があるらしくてな。
と、言ったら
急に押し黙ってふたりして
目を丸くして私を見る
拍子抜けするほどあからさまだな、
それでな、調べたところ
長くかかったが、底の方に
小さな穴があってな、
そこをほじくったら
父と母が毎夜、薬だといわれて
飲んでいたものの欠片が出てきた。
どうも妙なんで、今、
薬を知る者に調べてもらっている。
と、それだけ言ったら
いきなり青ざめて黙ってしまった、
そこでひと押し、
どうだ、それだけけんけんして
おまえたちは
最近疲れているようだし
そろそろ暇をもらったら?と言ったら
そ、そうですね
実は最近、と黒地が汗だくになりながら震え言い、
それを見た白ひげが
わなわなと怒りの眼をした後
無言で数秒何事かを考え、
ついに、まぁ、そうですな
私も年老いました、怒りっぽくなっている
暇をもらった方がよろしいのでしょうな、と
言ったので
快く暇をあげたのだが
それがどうも周囲に妙な具合に効いたらしい。
そのあとで、スコーピオンと私に
難癖付ける人間はそう目立っていなくなった。
それは、スコーピオンを擁護する方が
多かったのもあっただろう。

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