つきあかり、あのひ、なみだ



はじまり

闇の中で
亀裂の走る音がする
きつ、きつ、きつ
あれは命を食む魔の音

「……はいれ」

連れてこられた場所は廃屋だった
壊れた景色、窓から見える月は、糸のように細い
廃屋の中を数分歩いて、一つの扉に来た
禍々しくきしんだ扉の奥から、何者かの気配がする
ここに自分が連れてこられた原因があるのだ

悠が扉を開ける
神崎/悠(かんざき/ゆう)
春のクラスメイトだけれど、喋ったことはない
春といわば対極のような人だったから

寒さと、恐怖に、もうずっと震えながら歩いてきた春は、
悠に手を引かれ、転びそうになった

最初は暗くて何も見えなかった
ただ、きつ、きつ、きつ、という不可解な音がしており
肌で感じるその音に、身に覚えがあるような気がして
春はぞくっとした。
誰かが息づいているのを感じた
何か、すざまじく嫌な予感がした

「つれてきたの、悠」

奥のベッドらしきものに寝転んだ、人のような影が言った
だけどおかしい、人にしては闇がこく、
肌色の影と、真っ黒の影がまだらになっている
春はどんどん迫ってくる恐怖に、心の底からおびえた

悠がなんのつもりでここに連れてきたのかはわからない
ただもう怒らせないようにして、早く帰りたかった
帰っても、冷たい地獄が待っているだけだけど
ここよりはずっとずっとましだと思った

「……」

無言で悠が電気のスイッチをいれた
ぱちっぱちっと電光が瞬いて、真っ白な光がついた
まぶしくて春は目を細める
その目が一気に見開かれた
目の前には、顔と言わず、体と言わず、
闇虫に食われ、今もなお食まれている人間の姿があった

気がつかなかった、
春は悲鳴を上げていたらしい、
悠の手が口を覆っていることがわかって
やっとそれに気づいた

「ゆ、ゆるして、も、ゆるしって、かえる、おれ」

泣きながら春は言った
首を振っても、悠は放してくれなかった

「金なら、お前の父親に渡した、
お前の相手はあいつだ、
逃げることは許さない」

淡々と、悠はしゃべる
その内容に春は絶望を感じる
闇に食まれる「あいつ」が、じっとこっちを見ている

「逃げたら……、」

続きを聞くことはできなかった、
目が白黒して、
がくがくと腰が震えて、
気がついたら力なく座り込んでいたから。
腰の感覚がなくなっている

悠が少し驚いた顔をした
え、と思ったら、漏らしていた
( 1 / 15 ページ) Prev < Top > Next
2004-01-17 838:59:59