もうすぐ 木の葉ゆれ 枯れ
雪が降り
金柑が咲く
阿呆と呼ばれていた
アホウドリと。
ふらふらと街中を歩くさまが
そう思わせたらしい。
そろそろ金柑の咲く日がやってくる。
もう冬だが。
●
靴を履いて外に出ると
びゅっと寒さが身にしみた
とーちゃんの気が狂ったのは、昔々
千九百九十九年。
18である俺には目もくらむような昔の話、
とうちゃんは気が狂ったらしい
自分でそう言っていた
●
寒い中マフをまふまふすると
とうちゃんは笑う
その様子が猫みたいだ、そう言って笑う。
だから余計マフマフしてしまう
とうちゃんは昔アホウドリと呼ばれいてた。
ふらふら出歩くさまがそう見えたらしい。
あ、アホウドリがまた歩いてる
アホウドリ
アホウドリ
ないてみぃ
アホウドリ
そういう子供たちの幼いはしゃぎ声を
まだ覚えている
自分も子供だった。
●
向かいのおばさんはいつもなべをかぶってて
向かいのおじさんはいつもひげに、リボンをつけている
それはオレンジ色だったり、金色だったり
一本だけ朱の線が通った白だったり、太かったり、細かったり
様々だ。
狂っているのは、みんなおんなじだから。
自分のとうちゃんで子供がはしゃいでも
そんな、気にならなかった。
みんなみんな子供のじぶはまともなんだよ
とうちゃんが言った
さくさくさく
とうちゃんの早足で歩く足を
必死で追う
早いというと、
そうでもないとわけのわからない
いつもの返事
●
向かいのおじさんが向かいから来て
俺に手を振った。
今日のリボンはしましまで、赤と青としろで綺麗だね。
やあ金ちゃん。金ちゃん、やあ。
やあ、おじさん
やあ、おじさん
まだ、狂ったの、治らないね
母ちゃんの墓参り、
墓は丁寧に磨かれていて、
苔むしたところは一つもない。
柔らかな雪で少しだけ岩肌が濡れているけれど、
それすらぴかぴか光って、綺麗だ。
真ん中に明朝体で母ちゃんの、とうちゃんの
姓が書かれている。
『金田』
とうちゃんが、寂しいか、という
そうでもなかったので
そうでもない、という
母ちゃんはとても運が悪かったのさ。
そういう。
●
本当は知ってる。
母ちゃんは死んだんじゃない。
1999年、気が狂ってどっかへ行ってしまっただけ。
気が狂った先生が、
気が狂ったからしょうがないんです、俺、と言うように
昔、俺に言ってきた。
君の母さん、まるまるばつばつ町で見かけたよ。
たいがい、狂った人はどうしてここまで傍若無人になれるんだろうか。
●
母ちゃんのお墓にお線香をあげて
手をあわせて、少しもにょもにょと
とうちゃんは何かを言った
「帰ってきますように」? 「帰ってきませんように」?
どちらでも同じように聞こえた。
●
自分も手を合わせて
もにょもにょとささやく。
●
1999年、どんな年だったんだろう。
いろいろな人、気が狂った。
とうちゃんの思い出話は取り留めない。
まずぴかーとな、そらがひかって。
いなずまりみたいにそらがひかって、
どどーんとつぎのしゅんかん、
ちへいにおとがおちたんだ
おとが
そうおとが、すざましい、
いろのみえるようだおとだった。
なんの切欠もなかった。
いつもと変わらない日々だった
あの一瞬から
おとなたちはみんな狂ってしまった
みんな
口をすぼめて言う、みんな、の響きがおかしくて
笑う
みんな狂うときは一瞬だ
●
さくさく、さくさく
とうちゃんの足は速い
早いです、というと
そうでもない、と返す
はやいっつーの。
●
家に帰るともう、
金柑がなっていた
金柑狂い咲く、大人も狂い咲く。
2月4日、1999年からの、二月四日。
あの日以来、花も木も、人も大地も狂ってしまった。
このたっぷりした金色がたゆゆんで実ってる。
狂うばかりの人生も、悪くないと、人は言う。
子供はてきおーりょくがあるねぇ
とうちゃんが道のはしっこをばたばた通る
笑いながら通り過ぎる子供を見て、
とても普通の顔で微笑んだ
とうちゃんもたまに
アホウドリに戻って、
「ぶうん」って
徘徊するときがあるけれど
みんなもう異常なものも正常なものも
なれっこなので
どうでもいいみたい
金柑のにおいが、鼻に満ちた
この金色の実が、僕はすきだ。
それでいい
全部それでいい
異常も 正常もない
間違ってるも 正しいもない
全部それでいい
人が ヒトであるなら それで なにもかも
間違いじゃない。
とうちゃん、おかしいかもしれないけれど
僕はこの世界で
人が何故だか愛しい
何故だか 限りなく 愛しい
狂ってるからじゃなくて
正しいからじゃなくて
あまりに奔放でそれだけで それしかないから
だから
人が愛しい
めしにするか。 とうちゃんが言った。