この世は大変に美しいのです。

母は私を産んだ途端にひきつけをおこし、
私を床に投げ捨てた、
半身血みどろに埋まった私はそれはそれは醜かったらしい、
父は泣き、祖母はのろいをつぶやいた。
私は常に独りだった。

友が言う。
友とは名ばかりの、かね、だけのための友が。

「どこ行くの?」

素顔に優しさを貼り付けた彼は
本心を決して見せない。
黙って窓から身を乗り出し、風を受ける。

死んでしまえと。
死んでしまえと呪っていた。
私を憎むもの
私を追い出すもの
私を嫌うもの
みんな死んでしまえと。

友を金で買った時、私は何かが吹っ切れた。
政府がくれたお金で、やっと私は愛を買えた、
たったひと時の

「なぁ、寒いだろ」

さっきまで私を抱いていた友が来て、
―だきしめて、と言ったら抱いてくれた、
ああ、望んでいる。お金を払う時、
まだ望んでいる、痛いほど望むだろう、
耐えれないほど、
彼がそれを投げ捨て、馬鹿にするなと。
こんなものいらないと、言ってくれることを。

私の肩に手を置いた。

「触るな」

硬い声でつぶやくと、びくっとそれを退ける。

「はは…触るなよ、
気持ち悪いだろ?これうつるんだぜ」

後ろを振り返らずにくすくす笑いながら、―振り返ったら壊れる―何が?―分からない。
もう少し前に乗り出す。
足のどろどろが尾をひく。
何度切ろうと想ったか。
何度鉈で斧で包丁で。

母父が私を嫌がるたび、
近づかれるのも抱きつかれるのも嫌がるたび、
何度この足を切ろうとしたか。

家を出たとき、ほっとした彼らの顔が忘れられない。

死にたい。

本当はそう想っていた。
ずっと。
ずっと。
死にたい。恐い。死にたい。恐い。死にたい。



虐めにすらあわなかった、
私に似合うのは徹底的な無視だ、
誰も見ない、誰も話さない、
私はいないもの、どこにもいないもの。



どこにも、いなければ良かったのに。



友が私の背筋に口付けした。
びくっと、私の体が震える。考える暇もなく、快楽が襲う。
愛しいという感情は、絶望と似ている。

「…………」

何か言いたそうな、沈黙。

そっと私の背筋をたどる唇。
熱さに怒りとも悲しみともつかない

ああ、絶望が襲ってくる。


何で優しくするの?
何で希望をもたせるの?
貴方を私はレイプしたのに。お金を払うと、そんな下品な言葉を叫びながら。



ひとりだけ、かばってくれたね
ひとりだけ、ともだちだった
ひとりだけ、わらってくれた
あれいらい

あれいらい



恋してた




『払うから』

最後まで言い切れないうちに私は彼を押し倒した

『金、払うから』

あの時泣けばよかったんだ。
そうしたら少しは可愛げがあったのに。

『払うから』

私はにやにや笑っていた。彼が抵抗もしないのをいいことに
口付けて勝手にいった、口付けだけで、それだけで。
私はずっと彼に口付けたかったのだと、そう気づいて、
涙も出ない、ただ一生懸命、彼の体に擦り付けていた。
聞こえたかな。

聞こえなかったかな。

小さく、好き、と言った言葉。
その時ちょっとだけ、泣いたよ、私。

窓から乗り出す、後一歩で、しんじゃえる。

彼がいきなり手をひいた。
押し倒され、
叩かれていた、頬を、力強く。

大声で彼が叱咤した、焦りを含んだ

「死ぬ気かッ危ないだろッ」

「死んだって誰も悲しまないしさ」

笑って見せたら、彼がいきなり、私にキスした、
キスと言うより噛み付かれたような痛み、
離れると、彼の唇に血がついていた、

「お前ね、あのね」

「……痛いよ」

「―…そうやってすねてろよ、もう」

ため息をついて、彼が立ち上がる。鋭く、怒った目をして

「あのな、誰がなんと言おうと俺はお前を愛してるからな」

「へ?」





「愛してるからな。あのな、
お前が何言おうが、信じまいが、
俺は、おれ、おれ、おれ、

お、おれ、恥ずかしいこと言った、な、今」

気まずげに手をおたおたと動かす、
それを呆然と見ていた、

「でも、本気だし…、そのさ…

すねんなよ、あんまり、
お前が不幸なのは認めるけどさ…

俺が…―あ―、その

幸せに、してやるから。な?」



胸を叩いて、叩き潰して、泣き叫びたい。
泣き叫びたい、

寂しい寂しい寂しい寂しい寂しいさみしかったさみしかった
さみしかったさみしかったさみしかった

言って欲しかった

誰かに言って欲しかった


生きてて良いって言われたかった、

気がついたら、泣きながら彼の腕の中で首筋に噛み付いていた。
彼がいてて、と言っていた。

ばかだなぁ、こんなつらいほどがまんしてたのかー
ばかだなぁ、あのさー、おまえがこころ、
ひらいてなかったのよ?わかる?
おれまで、しんじてなかったろ。

温かい、涙が温かい。
ああ、彼のぬくもりか。涙が温かい。
声が遠い。

急に、どうしたら良いか分からなくなって、
彼の背中に手を回した。ぎゅうって抱きしめてくれた。
頭の中で、あれ、幸せってこういうの?と、誰かがつぶやいていた。

彼のにおいが、幸せで。