雨2

この世界には

昔、もうひとり
誰かが居た気がする

僕の傍に
誰かが居た気がする

たまにふ、と
それがよぎる

光浴びた
鉄さびの竜
毒の水
甘い太陽


たまにふ、と
それがよぎる

とても温かな体温が
傍に逢った



もしかしたら
夢だったのかもしれない。

***

なにか、導くみたいに
遠ざかるように
光が降っていた

満月の
きらきらした
かなかなした
固い夜

パパチオーレは螺を回す
すっかり錆びた、砂のような
静かな螺

絶望に似てるなぁってパパチオーレは
想ったけれど
声にだしてはいわなかった

この話は
パパチオーレの惑星、満月が好きな、ジュースみたいな
変な話。

5億と13と30年の長い夜、しじまに響いた、かなづちの音。
錆びきった粉々の機械達と、
パパチオーレの静かな日々がはじまった、
あの夜の終り

さぁ、まず、螺を回そう。
話はそこからだ。


*「パパチオーレ、これ、これでいいか?」

+「うん、もうちょっとミルクいれてくれると嬉しい」

*「こー?」

「さなきる」は、パパチオーレの助手です
この間、この月にきたのです
パパチオーレは、機械技術士で、
この月の螺を回したり、「がらくた」で機械を作ったりします。

+「さなきぬ、少し休む?」

*「あー?パパチつかれたのか?」

+「いや、さなきぬは初めてだし、あんまり無理しない方がいい」

*「無理じゃねーよ、楽しいし。あとちょっとぐらいならできるよ」

+「じゃああと5分」

*「うん」

さなきぬは笑いました。
実はパパチオーレは、この笑顔がちょびっとだけ好きです。
でもそれは秘密です。
それはこの人をちょっとだけ困らせてやりたいな、っていうのと似ています。

今作っているのは「月の源」です
その名の通り、月の原動力となる物です

*「ぱぱちおーれ、なんかしゅんしゅんいってるぜ」

+「これでいい、ホシブドウをまぜればできあがるから」

*「なんかうまそーだな」

+「食べちゃダメだよ」

*「ちょっとだけ」

+「だめ」

*「ひとくちだけ」

+「だめだって」

*「一秒だけ」

ぱぱちおーれとうとう笑ってしまいました。
さなきぬもにやにや笑っています

+「じゃあお茶をいれるから、あそこのクッキーを食べよう」

*「ちえーあじけねーの」

+「クッキーもおいしいよ」

*「そーかなぁ」

ぱぱちおーれはおちゃをいれました。

*「俺の指、いれる?」

+「んーん、こうぼくならあるから」

実はさなきぬはホルマンゲンと呼ばれる種族で、
香り高い木の別名があります。
彼らの指や、骨とともに水を沸騰させると、
とても甘くおいしい水になるから、そう呼ばれています。

ぱぱちおーれはさなきぬがここに来ると知ったときから、
ホルマンゲン達の売っている、
コウボクだけは欠かさないようにしています
そうでもしないと、ホルマンゲンは自分の指を煮たがるんです
チンチン、と音をたてて、お湯ができあがりました

窓からは青白いほのぐらい宇宙と、セルタが見えました
荒涼とした景色に、うかぶセルタ
さなきぬはセルタから来た。ここはセルタに対する”月”。
ぱぱちおーれは昔からここにいました。
なぜかはしらない。そういうサダメだったのでしょう。
気づいたら、ひとり
昔からこの場所で、螺を回していた。

”彼はこんなところになぜ来たんだろう。”
ぱぱちおーれは想います、さなきぬは、なぜ来たのだろう。
こんな寂しい。絶望と似た場所に

*「パパチ」

さなきぬが不思議そうにクッキーをかじりました

+「ん?」

*「このクッキー、なんか入ってる」

+「星が少し…あとはちみつと」

*「ぱぱちが作ったの?」

+「ここでは全部自給だから」

嬉しそうにさなきぬが笑った
パパチオーレの心臓が、少しきしっと痛んだ

*「すげぇな」

+「そうでもない」

*「俺そんなのできないぜ、今度挑戦してみるかな」

+「それがいい」

なんでさなきぬはここにいるのだろう。
なんでさなきぬは、なにも話さないのだろう。

履歴書をもらった。そこにはセルタのダイフゴウの、名前が書いてあった。
一番えらいって言われている、大学の名前も。
セルタにはいったことのないぱぱちおーれでさえ、知っている名前だった。
履歴書を見せながら、
さなきぬは雇ってくれと、懇願した

なんで、さなきぬはここにいるのだろう

ぱぱちおーれは、想いながら、お茶を飲みます
なんども繰り返し、考えながら、
ぱぱちおーれは隙間のようなあたまの中で、
さなきぬがずっとここにいてくれたらと、
想ってた

***

□□ しかくぼしの頭痛のする竜

しかし星という、深い森の中に、竜と呼ばれる機械があります
そのオイルが切れて来たらしくて、ぎっこり、ばっこり、
夜中に音が響くので、
ぱぱちおーれとさなきぬはオイルをいれにいくことにしました

森の中はうっそうと暗く、
そのくせ足元の砂が、草といりまじって不快な気持になりました

*「ぱぱち」

+「ん?」

*「ここにはぱぱち以外住んでないの?」

+「うん」

実はこの質問は、さなきぬに何度もされた質問でした。
さなきぬはどうしても、ぱぱちおーれがここに一人でいることが、
信じられないのだろうと、ぱぱちおーれは想います

*「前も聞いたけれど」

ちょっと気まずそうに、さなきぬは言うのです

*「信じられないんだ」

ほらね

*「だってそうだろう、機械ばっかりで、
生き物なんて一つもいないなんて。
考えただけでぞっとする」

+「そうかな」

*「うん、孤独だよ」

そんな時、さなきぬはどうしても、どうしても、
いつか崩れそうな寂しそうな顔をするのです。
ぱぱちおーれが想わず抱きしめてしまいそうな、
そんな顔を。

多分、さなきぬは孤独と言うものを知っているから
そう想うのかも知れません
ぱぱちおーれは何千年もここで生きて来ましたが、
孤独と言うのはいつぞ、知りませんでした。

+「…生き物なら、いることはいるよ」

さなきぬの横顔を見ながら、
しんしんするむねおとを聴きながら
考え考え、ぱぱちおーれは言いました

*「まじ?どこにいるの?」

+「ここの生き物じゃないけど。
ミミンガ鳥とか、フォー獣の老鳥とか、
たまにさまよってる」

*「ぅお、あいつらこんなとこまでとんでくるのか」

+「彼らの実体はあるようでないから。宇宙空間なんて目じゃないんだろうね」

*「すっごいなぁ」

すっごいなぁ、と、さなきぬは繰り返しました。
頬が紅潮しています。少しだけ嬉しいのかも知れません。
ぱぱちも嬉しくなって、ほほがにやにやしてしまいました

ああ、とふと気づきました
寂しいと言うのが孤独なのかも知れない
ぱぱちおーれは今さっきはやまった心を、静まるまで聴いていました
さなきぬがいなくなったら、その時こそ、ぱぱちおーれは知るのでしょう、
今でさえ、いなくなったら、と考えるだけで
こんなにも寂しいのですから。

+「あと、旅行者とか良く来るよ」

*「あー観光、あんたも大変だな」

+「そうでもない。弟子をとったりとか」

*「俺みたいに」

+「うん」

秘密ですけど、ぱぱちおーれが弟子にしたのはさなきぬだけです。
だってはじめてあったとき、どうしても想い描いてしまったのです
この人がそばにいて、一緒に機械をがちゃがちゃ作っていったら、
楽しいかも知れないと。

*「あ、ここ?」

急に視野がひらけて、水水しく青い宇宙と森の真中に、
巨大な竜のがらくたが出現しました
竜の瞳は蜂蜜とも檸檬ともいえるような、不思議な色でできていて
そのあおびかりする鱗の一つ一つが、小さな虫を型どった螺でとめてありました。

+「あ、あ、うん」

よろよろとよろめき、ぱぱちおーれは竜にぶつかりました。

+「あたた…」

*「おい、どうした?平気か?」

+「うん、考えごとしていた」

*「危ないよ」

+「うん、ごめん」

しばらく無言で、ふたりは顔をみあわせたり、竜をみあげたり、
ようく目で彼を調べました

*「なに考えてたの?」

赤茶けた箱から工具を出しながら、さなきぬは聞きました。
オイルは虹色です。
油が切れているところ、ぱぱちはすぐに見つけました
右目の小さなねじです。
これでしゅるしゅると竜に塗れば、完成です。

+「さなきぬのこと」

うっかり言ってしまったから、さぁ大変です。
ぱぱちおーれは真っ赤になって、心の中でどったんばったん慌てました。
右目のねじをとめながら、
決して表には出しませんでしたけど。
さなきぬからオイルをもらう時、
ちょっとだけ震えました

*「おれのことぉ?なに、おれあんま成績よくない?」

+「いや…、そういうんじゃない」

*「じゃーどーいうんだよ、まさか帰れなんて言わないよな。俺帰らないからな」

+「うん、帰んないでほし…いけど…」

*「けどなんだよ、あ、これでいい?」

+「いや、その青色の、もっと深いやつ。…さなきぬはあんまり自分のこと話さないから…」

*「そうかぁ、ぱぱちおーれだってそうじゃん、結構錆びてるね」

+「いや…俺は話すことないし…、…修繕しておくか…」

*「そーゆうなら、おれだって話す事無いよ、とんかちいる?」

+「いる」

とんてんかん、とんてんかんと二人は竜をうちました。
竜はそのたびに、ゆっくりぷるぷる揺れました
少しだけ気まずい、悲しい空気がただよっていました

*「ぱぱちおーれ」

+「ん?」

*「おれ、話したくないんだ、自分の事。話さなきゃ、ここにいられないかな…」

+「そんなことない…俺が悪かった」

*「うん、いや、また話せたら話すから」

+「いや、話さなくていい…ごめん」

*「…ぱぱちおーれ」

+「うん」

すっかり悲しくなってしまったぱぱちおーれはちょっとだけうるんだ目で、さなきぬを見ました

*「…なんだよ、泣くなよ」

+「泣いてない」

*「…これ終ったら、スープ作ろう、俺があっちで作っていたやつ」

+「スープ」

*「豆入りの。すごくおいしいから、それでちゃらにしよ、な」

さなきぬはなんだか焦っていたようです。
しばらく考えて、ぱぱちおーれは微笑みました。

+「うん、そうしよう」

そしてまた、とんてんかん、とんてんかんと、音が響きました。
今度は悲しい空気など、どこにもありませんでした。

***

□□水谷鳥のミミンガ鳥(とりをひろう)

ぱぱちおーれはその朝、
北の方で悲しい悲しい鳴き声を聞きました
空気を震わせるような、
月を凍らせるような、悲しい鳴き声でした

起きていくと、台所にさなきぬが座って、
窓の外をじっと眺めていました
その景色は白く、白濁して沈殿した煙のように、
こな雪が舞っておりました。

+「さなきぬ、きいた?」

うん?とさなきぬがこちらを見ます、
なんだかこな雪と同じくらい、
かぼそく寂しげな瞳でありました、
思わずぱぱちおーれが触れたいと、
その衝動を押えるのに、必死なほどでした

*「とりの声だろ」

+「うん、北の方からだと思うんだけど…いってみないか?」

*「いいけど…」

あまりよくなさそうにさなきぬが答えました
ふとぱぱちおーれは、いまさなきぬはここにいるけど、
もしかしたら違う場所にいるのかもしれないと思いました。
ぱぱちおーれも見えていない、違うものを見ているのかもしれない。

*「ぱぱち」

+「うん?」

*「俺のこと…お前…」

+「う、う?」

*「…なんでもない」

けだるそうにさなきぬは答えました。
なにを言われるのかちょっとだけわかったぱぱち
心臓がどきんどきんなるのを
汗いっぱいの手で聴いていた

*「ごめん…、俺、今日ちょっと変なんだ、
あんまり気にしないで」

+「…無理しないほうがいい、鳥は明日にしようか?」

*「いや…んーん、行こう、罠にはまっているのかもしれない」

+「うん、さなきぬ」

ぱぱちおーれは、ああさなきぬに触れたいと思い、
でもどこに触れればいいのかわからず、
ふらふらする手で、結局自分のあんまを抑えました

*「え…なに…」

+「俺は、味方だから」

なんでそんなことをいったのかは分かりません、
ただいわなければならないような、
そんな気がしたのです、願えるなら、
その後ろに「ずっと」とつけたかった、
ずっとずっと、味方でいるから。

目の端に、床のねじがうつった

味方

*「…」

しばらくして、さなきぬは微笑みました、
そしてほほをちょっとだけ染めて、
うん、といいました。

勘と磁石を頼りに、北へ北へと進みます。
北の方はあたり一面、薄い水が流れていて、
さなきぬとぱぱちおーれの黒い長靴を、きらりと光らせます。

柔らかな白い朝日がゆるゆるとのぼり、
水の流れにきらめきをつけております。

ぱぱちおーれはこの水が毒であり、
皮膚に触れると大変なことをしっているので、
(一度かぶれたことがあります。それはそれは大変でした)
さなきぬにもよくいい聞かせておりました。

*「あぉっと」

+「さなきぬ!!」

*「へいき、へいこう感覚はいいから」

+「気をつけて」

さなきぬが水にどぶんとはいったところを想像しただけで、
ぱぱちおーれは心臓がきゅーっと縮む思いをしました。
やっぱりつれてくるんじゃなかったと、
密かに後悔して、悲しくなりました。

*「あ、ぱぱち!」

+「…あ、気をつけて」

*「そうじゃないって、ほら、あれじゃないか!!」

見ると一匹のミミンガ鳥が、
モスグリーンのきぎに絡まり、
悲しげにもがいておりました。

その瞳は金色で、
長い旅をしていたことが分かります
わずかに開いたくちばしから、
ひゅうひゅうと切なげな音が洩れています。

+「動くなっいま助ける!!」

それ以上動かないようにぱぱちおーれは叫んで、
じゃぶじゃぶとその子に近付きました。
さなきぬが箱からきんぴかのハサミを取り出します
手と手をわたり、ハサミをもらって
けれども絡まっている蔦はねんどのようにおもったるく、
ぱぱちは苦労してちょきんちょきんと切っていきました。

+「さ、これでいいよ」

@「きぃ」

やっと全てがとれると
ミミンガ鳥は嬉しそうに挨拶しました

ふと、ぱぱちおーれは気づきました。
そのミミンガ鳥が、こころなしかさなきぬをちらちら気にしており、
さなきにもまた、(青ざめて)じいっと鳥を見ているのです

+「うん、どうしたの?」

@「きぅ」

*「な、なんでもない」

さなきぬはかぶりをふりました。

*「違うと思う」

+「?」

ぱぱちおーれは変だな、と思いましたが、
羽がうまいぐあいに動いていない鳥を見ると、
そう思っている場合ではないことに気づきました。

+「さなきぬ、手を貸して、
この子を運ぶよ」

*「あ、ああ」

@「きぅ」

ありがとうというように、ミミンガ鳥は頭を下げました。
小さな瞳をきらきらさせて。

空の星が、そろそろお昼になることを告げておりました。

□□(あの時の鳥かも知れない)

うっすらと、寒い朝のことでした、
ひろってきたミミンガ鳥が、寝ているか確かめて、
ぱぱちおーれは台所へ立ちました

さぁ、朝が始まるのです
しらじらと煌く静かな朝が!
今日は柔らかなマニョリの葉肉と、
オレンジをまぜたサラダ、
そしてさなきぬの好きな、
濃い目のお茶ににたっぷりつかったかりかりのしゃきしゃきの、
おこめと茶色いカレアのお茶づけにしようと、ぱぱちおーれは考えました。

かち、ぽしゅっと軽い音がして、コンロに火がつきました。
食事は当番制です。
明日はさなきぬの番です。
いまからそれが楽しみなぱぱちおーれは
自然に笑みがこぼれるのを感じました。

さなきぬは料理がうまいんです

薄く茶いろいカレアをとりだして、まるまる水洗い。
そういえばのりもありましたっけ。
ぱぱちおーれはまないたでこと、こと、と、
しめったかレアを切りはじめました
カレアは固く、切りにくいものです。
薄く、小さく切る。
それがお湯につかると、濃い色になって
えもいわれぬしゃきしゃき感がでるのです。
慎重にぱぱちおーれは切っていきます。

+「…?」

ふとぱぱちおーれは気づきました、
かたことの合間、合間に、
小さな異音がすることを。

*「く……う…」

+「???さなきぬ?」

かたりと、ぱぱちおーれは居間に続く扉を開きました
真っ暗な、冷えた部屋の中で
さなきぬが額に手の平をつけて、泣いておりました

+「…さなきぬ…」

ぱぱちおーれはそっと近付きます、
どうにかなぐさめたかったけれど
(なにがあったのか聞きたかったけれど)
一体どうすればいいのでしょうか

*「ぱぱち…」

+「さなきぬ、どうした…?
なんか辛い…?」

*「ぱぱち、俺恐いよ…」

+「なにが」

ぱぱちおーれはさなきぬの隣に座って、そっと片方の手の平をつつみました
こうしたほうがよいような気がしたのです

+「なんかあった…?」

*「あの時の、鳥かも知れない」

ひっくっと、さなきぬはしゃくりあげました。

*「恐い…」

+「さなきぬ…、大丈夫…大丈夫……あの鳥は、なんもしないよ」

*「違うんだ」

ひっく

*「あの鳥といた、あの時が恐いんだ」

+「さなきぬ…」

*「ぱぱち…俺、役に立ってる?」

+「立ってるよ、すごい立ってるよ」

それは本当です

*「追い出したりしないで…」

+「しないよ、ずっとずっと…ここにいていいよ…」

ぽろりと、さなきぬの頬に、また涙が流れました

*「ここにいていい…?」

+「いいよ、ずっと、ずっといていいよ…」

*「うん…」

うん、ともう一度、さなきぬは言いました
そしてうるんだ瞳で、じっと手の平を見つめました
そのどうしても悲しい辛い、いたたましさに、
ぱぱちはぎゅっとぎゅっとしたいと想い、願いました

空には紫色の雲がゆるゆる流れ、
三匹の気の早い鳥達が、
それぞれの声を響かせておりました。

***

□□ 過去の告白

川に行った時の話です
その日、その川でミミンガ鳥を放そうと、
ぱぱちおーれとさなきぬは考えておりました
(何度も話し合った結果、その日が一番天気も良くて、ぴったりだと思ったのです)

川の水は太陽をうつして、すいっすい、すいっすいと光り、
金色の川の石がちかちかに光っておりました
足をつけたら非常に冷たいだろうと思わせる澄んだ水で、
一、二匹の銀色の魚がきょろきょろとあたりを見渡し、流れていきました

+「さ、ここでもういいよ」

ぱぱちおーれは微笑んで、ミミンガ鳥の首筋を撫でました
さなきぬは朝から不機嫌で沈み込んでいたので、
ミミンガ鳥を慰めるのはもっぱらぱぱちおーれの役でした

+「とんでいきなさい」

静かにぱぱちおーれは、ミミンガ鳥を地面に置きました
彼はどうしたものか、といったように、
さなきぬとぱぱちおーれの顔を見比べて、首をかしげました

+「どうした?
もう傷は治っているはずだから、
飛んで行くんだ、ほら」

@「ぐきゃお」

その時ミミンガ鳥はまるでお礼を言うように頭を下げ、
まっすぐに太陽の方向を見ました
弾丸を定めるように

@「ぐきゃ」

*「あっ」

悲鳴をあげる暇もありませんでした、
一瞬の出来事
彼は白い稲妻のようにぎゅんっと飛びたち、風にのり
高く高く浮き上がりました

ぱぱちおーれが見惚れる程、美しく柔らかな景色
暖かいオレンジのような太陽のすき間から、白い白い鳥が
まっすぐに、まっすぐに飛んで行きます

+「良かった…、怪我もきちんと治ったみたいだ」

*「やっぱ…」

ふと、さなきぬが考え込むように顎を手の平にのせました

+「さなきぬ?」

*「あの時の…」

+「さなきぬ?」

もういっぺん声をかけると、さなきぬがやっと気づいたように
ぱぱちおーれを見ました
その顔は、まるで放心しているかのように
ぼんやりとしていて、およそ生気というものがありません

+「さなきぬ、平気?大丈夫?」

こわくなってぱぱちおーれは尋ねました
さなきぬが頼りなく飛んで行ってしまいそうで、
あまりに恐い時でした

*「あ、ああ」

+「さなきぬ、戻ろう、少し休もう、すごい顔してる」

*「だいじょうぶだよ…」

+「大丈夫じゃないよ」

ぱぱちおーれは思わずぎゅっとさなきぬの手の平を握り締めました
さなきぬは驚いたように、その手をしみじみ眺めました。

*「ぱぱち、俺のこと好きなの?」

ぎょっとしました、
大変に好きでありますが、それをあっさり聞かれてしまったのです
見抜かれてしまったのです
これは大変です、ぱぱちおーれは今までにないぐらい、非常に焦りました

+「あうっあうっあうっあうっ」

*「あはは、あうあうって、あはは」

+「あうっ」

*「いいよ、嘘、冗談だよ」

+「うう」

真っ赤なまま、ぱぱちおーれは手をぎゅううっとしました
それだけできっとさなきぬには分かったに違いありません
ぱぱちおーれは気がついたら手の平を握り締めるのと
同じ強さで目をつむっていました

だからぱぱちおーれは気づかなかったのでしょう
さなきぬが本当に、本当に優しい、悲しい顔でぱぱちおーれを見ていることを
ぱぱちおーれの手の平をじっとじっと握っていることを

+「い、いこうさなきぬ、少し休もう」

*「うん…」

ちちちちち、と鳥が鳴きました


ゆるやかな、夜までの間
鳥ばかりが鳴いていました

その夜は深い深い郡青にまみれていました
しんしんとした静けさの中で
葉の揺れる、かさかさっとした音、
どこかで流れている川の、どうどうとした音、
そして夜を嘆く、やはり3匹の鳥の声

「ぱぱちおーれ」

ベッドの上で寝ていたさなきぬが、ひそめた声をかけました

「うん?」

やっぱり眠れずに、何度もねがえりを繰り返していてぱぱちおーれは
自分のために起きてしまったのかと少し焦りました

「まだ起きてる?」

「うん」

「俺、好きな人がいたんだ」

ぎくっとしました
今まさにさなきぬが大好きなぱぱちおーれには、
どうしていいかも分かりません

「そ、そうなんだ」

焦ってぱぱちおーれは言いました

「そっか」

急に心がしくしく痛みました
火にあぶられているみたいに、つきつきした
ぱぱちおーれはぎゅうっと胸を押えました
喉が乾きました
ぱぱちおーれは諦めて起き上がり
ベッドのはしっこに座りました

「水、持って来るよ、さなきぬもいる?」

「ぱぱち、聞いてくれ」

見るとさなきぬは上半身を起こして、
座ったぱぱちを
まるで泣きそうな濡れた瞳で見ているのです

「すごくすごく好きだったんだ
一生かけて愛したいぐらい
だけどそいつは俺なんか眼中に無くて…
だったら俺の手の平の上にのせておきたかった」

さなきぬは、すん、と鼻をすすりあげました

「だからいろいろ世話をして、
俺無しじゃ生きれないようにして、でも
でもおれ、ほんとは…」

「さなきぬ」

急にどうしようもないぐらい悲しくなって
ぱぱちおーれはさなきぬのベッドにあがりました
そしておいて、さなきぬの肩をそっと抱きよせると
(もうこのころには、ぱぱちおーれは
なにをしているのか自分で自分が分からなくなっていました)
そっとそっとさなきぬに接吻しました

なんだかそうしないと、生きていけない気がしたのです
なんだか、とっても

「…ぱぱち」

さなきぬが微かに笑いました
ふと、我にかえったぱぱちおーれは真っ赤になって
さなきぬを放しました

「ご、ごめん」

「んーん」

さなきぬは首をふって、切ないような優しいような顔をしました
そのままぱぱちおーれの胸に頭をよせました

「おまえの心臓、どきどきいってる」

「さ、さなきぬ」

「俺、おまえのこと、好きだよ」

一瞬金色の鈴がなったかのように錯覚しました
気がついたら、さなきぬを強く強く抱きしめていました
胸がぎゅーーーーっと締めつけられるような幸福で
ぱぱちおーれは泣きそうになりました

「さなきぬ」

「ぱぱち、一緒に寝よう」

「さなきぬ」

「今日は一緒に寝よう、いいだろう」

「うん…さなきぬ」

さなきぬがぱぱちおーれにそっと接吻する
それを受けながら、
さなきぬを抱きしめながら、ぱぱちおーれは
すごくすごく

すごくすごく
愛しさを感じていました

***

□□ ぱぱちおーれが熱を出す

次の日、ぱぱちおーれは熱を出しました
それは今までにないあまりにも高い熱で
ぱぱちおれーの体は土気色になり
どんどんぐったりしていきました
さなきぬはびっくりして、
必死に何とかしようとしました


いままでぬくもっていた体が
もう触れないほど熱く
最初は
「大丈夫だよ」
なんて言っていたぱぱちは
意識を失い、声もない

船は一ヶ月も来ません
薬を探したけれど
こんな高い熱に効くのはなさそうで
とにかくなんとか飲ませたけれど
何分経っても良くならない

どんどんどんどん、
脈がはやく

さなきぬは泣きそうになりながら
ぱぱちの額にタオルを置いて
何度も何度も祈りました

殆どもう、懇願でした


ぱぱちは
ずっと、目を覚まさなかった

夜がまたやってくるまでに
おけの水は3回ほどかわり、
タオルは汗を含んで汚れ
さなきぬの目はどんどん辛さに歪んでいった

最後にさなきぬはぼろぼろ泣きながら
ぱぱちの体を拭いた

汗が出てない、どうすればいいのかも
分からない

小さな声で
ぱぱちおーれを呼ぶ
さなきぬを聞いた気がした

***

□□

竜がいた

気がつくと、
真っ青な木々の中
檸檬とも満月ともつかない目をした
竜がいた

さなきぬは彼に祈っていた
なんでなのかも分からない
一瞬だけ
「ぱぱちのところにいたはずなのに」
と思うけど

今は夢中で
祈るしかない


ぱぱちが目を覚まさない
目を覚まさないんだよ


”許してくれ”


竜は首を振った


この地上に護り人はひとりきり
それがすべてで
それは規則で
それは運命だ

ぱぱちおーれが
記憶を消したように

お前も彼の
記憶を消せばいい


この世界に
護り人はひとりきり

全ての祈りは
届かない


さなきぬの、
絶叫が森に響いた

***

□□

夢だったような気がします
ぱぱちおーれは小さな水池をぱしゃぱしゃと歩いていました
ああ、ここは

ミミンガ鳥に会った、
あの水の池です

水銀のような池に
ぱぱちおーれの姿は
なぜかうつらなかった

まっすぐ行った所に
彼が居るのが分かりました

まっすぐいったところに
すべてがあるのが分かりました



すべての、世界が。パパチオーレふと、声が聞こえた。

***

覚えてる?え?だれ?覚えてないか、やっぱり君は記憶を消しちゃったかだれ?君は、ミミンガ鳥?なんで人の形をしているのここで死んだ魂はミミンガ鳥になるさだめなんだそして罪を悔いながら飛び続ける罪?まぁいいよ、ねぇぱぱちぱぱち。彼が泣いているから彼が、欲しているから君は帰らなきゃならないよパパチオーレ。消える前に一度だけ、逢いたかったまたお前に誰?パパチオーレ。この星のすべてを定める、全てのものが、やっと分かったんだ。パパチオーレ全ての人は全てのままに。僕が、それを壊してやる。君は戻れ。

***

□□

遠い世界の出来事でした。
ぱぱちおーれは
夜の向こうで
なにかがばっきりと壊れる音を聴きました。

ほんとうに、なにか
硬い、

檸檬とか、はちみつとか、
あるいは満月のような

硬い、

そんなものが、壊れる音を。

恐ろしい音なのに
何故か右手が温かくて
ぱぱちおーれは
安心しきって
眠ってた

右手からまるで体温が流れるようで

遠い世界の出来事でした。

***

□□ 朝のひかり

目覚めると、さなきぬが右手をしっかりにぎって
ぱぱちの胸にあんまをよせて
泣き寝ていた


白い窓から、
ちいさなちいさな光が射していた


「さなきぬ…?」

小さく呼ぶと、さなきぬが、うん、と言った

「さな…?」

「ぱ…ぱ…ち…」

途切れ途切れにつぶやきながら
顔をもたげ目覚めた瞳はぽんやりとぱぱちをうつしていたので
キスをしました

柔らかな光が射していました

さなきぬ

***

□□ 世界と終わり

もう、そこに行く前に
二人には分かっていたのです
もうわかっていたけれど
確かめられずにいられなかった

木々の中、さびた竜は跡形もなく壊れ
目は両目とも
粉々に、散らばっていた

太陽の下で
蜜のように。


さなきぬはぱぱちの手を握りながら
それを見ながら

「夢の中で、あいつがでてきた」

と、ぽつりと言いました

竜のことか
ミミンガ鳥のことか
あるいは、他の―…

「もう、平気だと

言われた」

何故かその顔は
悲しいのに
いくぶん晴れ晴れとして、
ただ少しばかり
辛そうで

だから、ぱぱちは頷きました
うん、と。
ついでに手のひらをぎゅっと握りました

急にさなきぬがうふっと微笑みました

「へんなこえ」
「お前可愛い」
「あ?あ」

慌てるぱぱちに、さなきぬはまたうふうふと笑うのです変な、あったかい声だと
ぱぱちは思いました、すると余計に照れてしまう
どきどきするぱぱちに、さなきぬはうっふふともう
とまる気配がありません

「ぱぱち、おれんちに、くるつもりある?」
「え?あ、あ?」

「一緒に暮らそう」


そこだけ早口で言いながら、さなきぬはちょっと怒った顔をして、ぽかんとするぱぱちおーれを見ました

ぽかんと見ていると、もっと怒った顔して無理やりキスした

「行こう」


おかしかった。
幾重にも
太陽ばかり

光っていた。


森のすみで
竜だったものは
破片を煌かせ


ぱぱちの変な笑い声が
今度は響いたのです
ぱぱちおーれ。
いつか、僕のことも思い出して
ぱぱちおーれ。
時が来たら
きっとまた、逢えるよ全ては、全てのままに

世界は、世界のままに
流れていくままに

全ての出来事に、賞賛を。