大嫌い

愛していた美沙と別れさせられて、
「婚約者」を紹介された。

右手に「闇蟲」を飼った、
「おとこ」だった。

「じゃ、私たちはこれで……」

男たちは様々な祝言を述べた後、
にこやかに去っていった。貼付けられた笑顔が悪夢のようだった。
縛られていた訳じゃない、手錠をかけられた訳じゃない、
だけど俺は拘束されていた。
兄の、たった一言で。お前の恋人まで、被害が及んだら、いやだろう。
最後にその兄が残って、にやにや顔で「幸せに」と言った。

誰もが去った後、無言で扉を睨みつけていた。
果てしなく心から怒りが沸き上がって、うまく息が出来ない程だった。
隣に座っている「おとこ」は、こちらをちらりと見て、
うつむいて、ほほを赤らめてまたこちらをちらりと見た。

「ご、ごめんな……」

しじま、と言ったはずだ。
さっき紹介されたばかりのそのおとこは、
震えるか細い声で先を続けた。

「は、はじめて見た時から、おれさ、
あんたと一緒に、手、つないだり、ほら、か、からだあわせたりーって想って、
そ、そしたら、伯父さんがああ、できるよ、って言ってくれて、
嘘かと想ったんだけど、あ、あんたも俺のこと『嫌い』なのかも知れないって……」

聞き間違いかと想った。だけど彼は確かにそう言った。
きらい?

「た、たまんなくなって、すごくすぐに、きてほしくて、
ご、ごめんな」

「………」

無言で顔も見ずに、そっとのせられた手を振り払う。
やつは少し困った顔をして、その手をさすった。もう一つの手で。
闇蟲の付着した汚い手で。

「お、怒ってるよな、
いきなりつれてこられて……」

「……」

すべての元凶はこいつなのだ。
多額の借金を作って死んでいった父。
必死に俺たち兄弟は借金を返しつづけていた。
それなりに信頼していた、兄。
そして父の借金を肩代わりした、「伯父さん」……。

『なかよくしてやってなぁ、さまな君』

ぬらりひょんとして、掴みどころの無い彼は言ったっけ。

『あいつ、どうもいかん。
俺にはこころぁひらかねーし。
じじいとばばあが死んでから、
これっぽっちもようしゃべらねー。
お前さんがすっごく気に入ったみたいでなぁ、
お前さんにかけとるのよ、わしゃ』

こいつが知ってる『じじいの財宝』を探るため、

俺は踊らされる操り人形ってわけだ。
笑えすぎて泣けてくる。

しゃべらないと言っていた割には、彼はよくしゃべった。
俺が黙っていると延々と。
好きな食べ物はなにか、俺は結構料理が上手だ。お前もきっと気に入る。
たまにはほめてくれ。俺ほめられるとうれしいんだ。伯父さん好きか?
あの人変な人だよな、俺あの人少し怖い。延々。延々。

俺は少しため息がつきたくなって、天井を見上げた。
監視カメラは無いらしい。そう考えたことに気づいて、笑う。
立派な天井だった。
ここ―寝室は少し狭いけれど、
キッチンも、お風呂もずいぶん広かった。
二階の天井はガラス張りで、ここでのんびりできたら
たまらないだろうと想わせた。

『くれてやるからよぉ』

伯父さんの声。

『あいつと住みやすいようにしておいたからよぉ、
あいつと仲良くしてやってなぁ、
欲しいもんあったら、なんでも買っちゃルカラ、ああ、言ってくれたまえ』

変なおっさんだ。金なら有り余るほど持ってるくせに。
―冒険家だったと、兄から聞いた。
まだ金が欲しいのか。下手な操り人形を使ってまで。

「寝る。」
一言そう言って、風呂に向かう。

『仲良くする気』はちゃんちゃらなかった。
こうなったら、もう必要最小限の交流ですませるつもりだった。
そしたら別れられるかもしれない。

伯父さんがあきらめて。こいつがあきらめて。

「あ、あ」

まだ喋っていたやつは、慌てて俺の後ろをふらふらとついてきた。
その鼻先でドアを閉める。

すぐにドアが開く。

「まて、よ、風呂一緒、一緒はいろ、はいろ、な?」

「いやだ。気色悪い」

「きしょ……あ、あ、……こ、これか、
大丈夫、絶対、うつらない、し、あの、あのさ」

「…………」

まだついてこようとするから、風呂に入って想いっきりドアを閉めてやった。
風呂の戸口でうろうろしていたらしいが、
少し経ったら気配がしなくなった。

良かった。

なんとなく、ほっとした。

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