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大嫌い
風呂から上がると、やつはいきなり走って台所から出てきた。
「……」
無言で睨みつけると、萎縮したようにもじもじしながら、
それでも言葉を紡ぐ。
「りょう、り、したから、食え……な?」
「いらない」
「……おいしいぞ、お、俺、料理はうまいんだぞ」
「いらない。」
「だめだっお腹すいてるはずだ、お腹すいてると、寝れないぞ、
きょ、今日は大変だったんだし。」
黙って寝室に向かおうとすると、ふと、
―こいつを抱かなくちゃならないかな―と気づいた。
この後の地獄をはっきり思い浮かべて
俺はうんざりした。
「食べなきゃなんないって、絶対、
俺のうまいからさ、食えって、
あったかいのがいいんだぞ。スープだぞ。
スープなんだぞ」
アホなことを言ってるやつに、向かい合って、きっぱり言う。
「俺はお前なんか抱かないぞ」
「へ?……」
「気持ち悪い、なんでそんなことしなくちゃいけないんだ。
絶対抱かないぞ」
きっと無理矢理にでも抱かせるつもりだろう、
きっと、そうだ。でも最後まで抵抗してやる。
肉体的には俺の方が勝っている。
「そ、そうか……」
あっさりやつはうなづいた。
「じゃ、い、いいよ、気持ち悪いんもんな、こ、これ」
ちらりと右手の闇蟲を見る。
「そうじゃない」
なんだか心がきりきりしているのに、
言葉が止められない。ずっと傷つく言葉を言ってしまいそうで―
「お前が気持ち悪いんだよ」
「…………」
ぽかんと、俺を見ていた。
見てられなくて、すぐに立ち去った。寝室。ベッド。
寝ちまおう。もう。すぐに。
何も考えたくない。
深く、寝よう。
真っ暗闇の中、ふと目を覚ますと、やつが隣で寝ていた。
ひゅっと息を吸う。それで気づいたのか、やつも目を覚ました。
何時間経ったのだろう、あの喧噪―『結婚』から。
何時間経ったのだろう、俺が寝てから。
やつはいつの間にベッドに入り込んだんだ?
すぐに寝返りをうって、なるべく遠ざかるように体をずらす。
こんな狭いベッド買いやがってあのぬらりひょん。
「…………お前、お、おれのこと、き、嫌いなんだよな…」
眠りの声ですこしくぐもって、やつがぽつり、とつぶやいた。
確かめるように。
何を聞いているんだろう。答えは決まってる。
「ああ、大嫌いだ」
「大嫌いか」
なんだかうれしそうにやつの声が弾んだ。
……なんだ?
「お、おれもな、おれも、お前のこと……
……
大嫌いだよ」
何故か心が痛んだ。面向かって大嫌いと言われるとは。
しかも無理矢理婚約させられた―相手が望んで婚約させられたやつに。
思わず笑みが漏れる。
「そうか、そりゃ良かった。好都合だ」
「う、うん、こうつごうだ、」
ははっと、やつが笑った。ほっとしたように。
やつが俺の背中に、手を伸ばすのがわかった。
思わず振り返って
「触るなっ」
びくっと、やつが震えた。
「……おまえ、さ、触られるの、や、なのか?」
「俺が大嫌いなんだろ?」
「う、うん、いっぱい嫌い」
「俺もお前がダイッ嫌いだ。触るな。なるべく離れて寝ろ。」
「………………」
「よくわかってないみたいだから、
もう一回言うぞ。俺はおまえが、き、ら、い、なんだよっ」
ばっと壁に向かって寝返った。
そのまま息を殺す。
じっとしていた。心臓がばくばく言った。
やつはぽかんと俺を見ているみたいだった。
やがて、わかった、と言うように、ぽつりとつぶやいた。
「触られんの、嫌か…」
そしてやつは正直に、なるべく離れて、俺のそばから離れて、
眠った。
悲しがってはいないみたいだった。
俺はちっとも眠れなかった。
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2005-01-26
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風呂から上がると、やつはいきなり走って台所から出てきた。
「……」
無言で睨みつけると、萎縮したようにもじもじしながら、
それでも言葉を紡ぐ。
「りょう、り、したから、食え……な?」
「いらない」
「……おいしいぞ、お、俺、料理はうまいんだぞ」
「いらない。」
「だめだっお腹すいてるはずだ、お腹すいてると、寝れないぞ、
きょ、今日は大変だったんだし。」
黙って寝室に向かおうとすると、ふと、
―こいつを抱かなくちゃならないかな―と気づいた。
この後の地獄をはっきり思い浮かべて
俺はうんざりした。
「食べなきゃなんないって、絶対、
俺のうまいからさ、食えって、
あったかいのがいいんだぞ。スープだぞ。
スープなんだぞ」
アホなことを言ってるやつに、向かい合って、きっぱり言う。
「俺はお前なんか抱かないぞ」
「へ?……」
「気持ち悪い、なんでそんなことしなくちゃいけないんだ。
絶対抱かないぞ」
きっと無理矢理にでも抱かせるつもりだろう、
きっと、そうだ。でも最後まで抵抗してやる。
肉体的には俺の方が勝っている。
「そ、そうか……」
あっさりやつはうなづいた。
「じゃ、い、いいよ、気持ち悪いんもんな、こ、これ」
ちらりと右手の闇蟲を見る。
「そうじゃない」
なんだか心がきりきりしているのに、
言葉が止められない。ずっと傷つく言葉を言ってしまいそうで―
「お前が気持ち悪いんだよ」
「…………」
ぽかんと、俺を見ていた。
見てられなくて、すぐに立ち去った。寝室。ベッド。
寝ちまおう。もう。すぐに。
何も考えたくない。
深く、寝よう。
真っ暗闇の中、ふと目を覚ますと、やつが隣で寝ていた。
ひゅっと息を吸う。それで気づいたのか、やつも目を覚ました。
何時間経ったのだろう、あの喧噪―『結婚』から。
何時間経ったのだろう、俺が寝てから。
やつはいつの間にベッドに入り込んだんだ?
すぐに寝返りをうって、なるべく遠ざかるように体をずらす。
こんな狭いベッド買いやがってあのぬらりひょん。
「…………お前、お、おれのこと、き、嫌いなんだよな…」
眠りの声ですこしくぐもって、やつがぽつり、とつぶやいた。
確かめるように。
何を聞いているんだろう。答えは決まってる。
「ああ、大嫌いだ」
「大嫌いか」
なんだかうれしそうにやつの声が弾んだ。
……なんだ?
「お、おれもな、おれも、お前のこと……
……
大嫌いだよ」
何故か心が痛んだ。面向かって大嫌いと言われるとは。
しかも無理矢理婚約させられた―相手が望んで婚約させられたやつに。
思わず笑みが漏れる。
「そうか、そりゃ良かった。好都合だ」
「う、うん、こうつごうだ、」
ははっと、やつが笑った。ほっとしたように。
やつが俺の背中に、手を伸ばすのがわかった。
思わず振り返って
「触るなっ」
びくっと、やつが震えた。
「……おまえ、さ、触られるの、や、なのか?」
「俺が大嫌いなんだろ?」
「う、うん、いっぱい嫌い」
「俺もお前がダイッ嫌いだ。触るな。なるべく離れて寝ろ。」
「………………」
「よくわかってないみたいだから、
もう一回言うぞ。俺はおまえが、き、ら、い、なんだよっ」
ばっと壁に向かって寝返った。
そのまま息を殺す。
じっとしていた。心臓がばくばく言った。
やつはぽかんと俺を見ているみたいだった。
やがて、わかった、と言うように、ぽつりとつぶやいた。
「触られんの、嫌か…」
そしてやつは正直に、なるべく離れて、俺のそばから離れて、
眠った。
悲しがってはいないみたいだった。
俺はちっとも眠れなかった。