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心音…―…くるいのひと
心音が
とくとくいってる
時が
とまって流れてる
男の名前は特に決まってない
この世界では必要のないことだし
第一、男の呼ぶ名はもうあるのだから。
男は「狂った人」だった
生まれたときからそう決まっていて
それはもうどうあがいても消えない烙印のようなものだ
だけど男は自分のことを不幸だとは思っていなかった
近所の人は皆優しいし、
そうだ、恋人だっている。
男は「狂った人」だったけども、
自分の人生に満足していた
○
男の隣には「お滝さん」という、
すがしい女性が住んでいる
たまにふきじゃがとか、
みそおでんとかを、あまっちゃったと持ってくる
大丈夫かい、なにか足りないものがあったら
言っておくれよ
お滝さんはそういって笑う
どうしていいかわからずに、男ははにかむ
○
暑い夏の日に、男は少し、爪を噛んでみる
つめはじんわり切れたようなあじで、
のびてきたな、と思ったら、つめきりでぱちんとやる
ぱちんぱちんとやっているときは何もかも忘れる
爪切りの操り具合しか、考えてない
○
ボーロをはみながら、
人生とはなんぞやと、書かれた本を読む
難しくてよくわからないが、
とりあえず愛が大事だと。
男は本をしまいながら、愛ってナンだと考える
食べ物ではないらしい
優しい音の、するものらしい
男は愛を持ってみたいものだと思う
○
ふときがつくと、
ようじがひとり、
男の背中をじっと見ていた。
小さくて柔らかそうな子だった
ぼん、どった?
なしてここにきた?
男はほほえんで、戸棚からお菓子を出す
たべるか?
ぷるぷると幼児は首を振った
まだ、おむつもとれてないような、ちっちゃな子供だった
うまいぞ、くえ、な
子供の手のひらを握ると、子供がぎゅっと固まる
ぼん、私はこあぁことないぞ、
そなに緊張するな、な
お菓子を握らせると、子供は不思議そうに男を見た
琥珀のような瞳だった
男がぽんぽんと、頭をなでる
ぼん、またくるか?
幼児はちょっと首をかしげて、頷いた
よかった、じゃ、またこい
幼児が駆け出す
外へ、
明るい日差しの元へ
男は悲しそうにそれを見ていた
幼児はこないとしっていた
いつまでも、もう二度と。
○
男の仕事は、自律神経を見守ることだ
相棒の「ミミンガドリ」が一匹いる
自律神経はオレンジ色で、
ただ見守っていればよい。
難しいことはなにもなかった
男が「狂った人」であるから、
最適な仕事と思えた
男が仕事場に行くと、ミミンガドリは作業服を着て、
ペンチでもって、ねじを巻いている
男はほほえんで、いすを持ってきて、
ミミンガドリの隣に座る
ペンチは自分の「マイペンチ」だ。
それで、同じように、
なんのためについているのか、わからないねじを回す
本当は回さなくてもいいのだけど、
回さなければ「退屈してしまう」ということで、
ミミンガドリと、意見が一致したのだ
ねじはちょっと堅い
きつくきつく巻いても、翌朝にはゆるくなっている
それがねじのせいなのか、
自分のせいなのか、男はわからない
○
男の恋人は、「ちなさん」という。
これもすがしい人で、肩まで青く染めた髪を伸ばしている
「パンクなのだ」
ちなさんは言っていた
「私はぱんくだから、青くしなければならない」
男はちなさんの、薄い青いきれいな髪が大好きだ
○
ちなさんがくると、男は極上の茶を出すことにしている
ちなさんはそれがうれしいらしい、
男の手のひらをいつまでも放さずに、にこにこ笑っている
茶をこくりと飲む、その姿が好きだ
○
男とちなさんは時折、無性になにかに駆り立てられて、
肌を合わせることがある
男は途中で泣いてしまいそうになる
でもちなさんがもうすでに泣いていて、
慰める方が多い
男はちなさんを、この世の果てまで好きになってしまった
だからちなさんが泣くのはつらい
ちなさんも、男が泣いたらつらいと思ってくれるだろうか
たまにそう、考える
○
夕暮れに、男とちなさんは手をつないで散歩にでる
ぱんくなちなさんは、ぎざぎざの服とハートを身につけている
男はちなさんの赤い唇が好きだ
ちなさんは男の手を振り回しながら、
ぱんくとはなんぞや、と語る
魂の慟哭で、真実で、これっきりなのだそうだ
男はちなさんの言い方がすき
夕暮れの中をどこまでも歩く
夕日がゆらゆらゆれながら消える
無性に寂しくなるんだ、とちなさんがいう
私はパンクじゃないかもしれないと
男も寂しくなったりする
夕暮れの時
夜の布団
ちなさんが帰った後の。茶碗。
悲しいものはそこここにある
男の手のひらの中で息づく、
ちなさんが幸せであってほしいと
男は願う
2004-11-12
17:02:37
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時が
とまって流れてる
男の名前は特に決まってない
この世界では必要のないことだし
第一、男の呼ぶ名はもうあるのだから。
男は「狂った人」だった
生まれたときからそう決まっていて
それはもうどうあがいても消えない烙印のようなものだ
だけど男は自分のことを不幸だとは思っていなかった
近所の人は皆優しいし、
そうだ、恋人だっている。
男は「狂った人」だったけども、
自分の人生に満足していた
○
男の隣には「お滝さん」という、
すがしい女性が住んでいる
たまにふきじゃがとか、
みそおでんとかを、あまっちゃったと持ってくる
大丈夫かい、なにか足りないものがあったら
言っておくれよ
お滝さんはそういって笑う
どうしていいかわからずに、男ははにかむ
○
暑い夏の日に、男は少し、爪を噛んでみる
つめはじんわり切れたようなあじで、
のびてきたな、と思ったら、つめきりでぱちんとやる
ぱちんぱちんとやっているときは何もかも忘れる
爪切りの操り具合しか、考えてない
○
ボーロをはみながら、
人生とはなんぞやと、書かれた本を読む
難しくてよくわからないが、
とりあえず愛が大事だと。
男は本をしまいながら、愛ってナンだと考える
食べ物ではないらしい
優しい音の、するものらしい
男は愛を持ってみたいものだと思う
○
ふときがつくと、
ようじがひとり、
男の背中をじっと見ていた。
小さくて柔らかそうな子だった
ぼん、どった?
なしてここにきた?
男はほほえんで、戸棚からお菓子を出す
たべるか?
ぷるぷると幼児は首を振った
まだ、おむつもとれてないような、ちっちゃな子供だった
うまいぞ、くえ、な
子供の手のひらを握ると、子供がぎゅっと固まる
ぼん、私はこあぁことないぞ、
そなに緊張するな、な
お菓子を握らせると、子供は不思議そうに男を見た
琥珀のような瞳だった
男がぽんぽんと、頭をなでる
ぼん、またくるか?
幼児はちょっと首をかしげて、頷いた
よかった、じゃ、またこい
幼児が駆け出す
外へ、
明るい日差しの元へ
男は悲しそうにそれを見ていた
幼児はこないとしっていた
いつまでも、もう二度と。
○
男の仕事は、自律神経を見守ることだ
相棒の「ミミンガドリ」が一匹いる
自律神経はオレンジ色で、
ただ見守っていればよい。
難しいことはなにもなかった
男が「狂った人」であるから、
最適な仕事と思えた
男が仕事場に行くと、ミミンガドリは作業服を着て、
ペンチでもって、ねじを巻いている
男はほほえんで、いすを持ってきて、
ミミンガドリの隣に座る
ペンチは自分の「マイペンチ」だ。
それで、同じように、
なんのためについているのか、わからないねじを回す
本当は回さなくてもいいのだけど、
回さなければ「退屈してしまう」ということで、
ミミンガドリと、意見が一致したのだ
ねじはちょっと堅い
きつくきつく巻いても、翌朝にはゆるくなっている
それがねじのせいなのか、
自分のせいなのか、男はわからない
○
男の恋人は、「ちなさん」という。
これもすがしい人で、肩まで青く染めた髪を伸ばしている
「パンクなのだ」
ちなさんは言っていた
「私はぱんくだから、青くしなければならない」
男はちなさんの、薄い青いきれいな髪が大好きだ
○
ちなさんがくると、男は極上の茶を出すことにしている
ちなさんはそれがうれしいらしい、
男の手のひらをいつまでも放さずに、にこにこ笑っている
茶をこくりと飲む、その姿が好きだ
○
男とちなさんは時折、無性になにかに駆り立てられて、
肌を合わせることがある
男は途中で泣いてしまいそうになる
でもちなさんがもうすでに泣いていて、
慰める方が多い
男はちなさんを、この世の果てまで好きになってしまった
だからちなさんが泣くのはつらい
ちなさんも、男が泣いたらつらいと思ってくれるだろうか
たまにそう、考える
○
夕暮れに、男とちなさんは手をつないで散歩にでる
ぱんくなちなさんは、ぎざぎざの服とハートを身につけている
男はちなさんの赤い唇が好きだ
ちなさんは男の手を振り回しながら、
ぱんくとはなんぞや、と語る
魂の慟哭で、真実で、これっきりなのだそうだ
男はちなさんの言い方がすき
夕暮れの中をどこまでも歩く
夕日がゆらゆらゆれながら消える
無性に寂しくなるんだ、とちなさんがいう
私はパンクじゃないかもしれないと
男も寂しくなったりする
夕暮れの時
夜の布団
ちなさんが帰った後の。茶碗。
悲しいものはそこここにある
男の手のひらの中で息づく、
ちなさんが幸せであってほしいと
男は願う