「だれもが、さみしさかかえ、まちをとおりすぎ」
古びたミュージックボックスから、
かすれた女の声が響く、
きれいな声。きれいな歌。

僕は右耳についた傷跡を
無意識に触る、
彼はそんな僕を見て
微笑んだ、耳痛い?

ん、痛くないけど。

売り払われた時に、
「売り物の証」として傷つけられた
耳の傷、「タグ」をここに通されていた。
僕の番号は008番だった、
彼は僕を買った人だった。

昔の話だ。

そっと手をつなぐ
彼の細い手はそれでも温かい、
血の通ったいのちである。

コーヒーを飲んで、
けへけへと彼がむせた、
ここのコーヒーは甘くておいしいね。
そりゃ砂糖をそれだけいれれば。
くろざとうだからいいのだ。
コーヒーの味なんかしないだろ。
茶色い砂糖水。お湯か。
けへけへ。

キスして。

つぶやいたら、ん?
と彼が笑った、
分かってて笑うんだ、いぢわるなんだ。

キスして。

自分からすれば。

やだ、してくんないとやだ。

自分からしろって、
私はコーヒーを飲むのである。

じーっと睨みつけると、
んっふっふ、と笑った。

好きだよ。

乗り出して、キスした、
唇に唇、すぐ離れる、
柔らかな残像。

本当に好きだった人に裏切られ、
耳にタグをつけられ、
捨てられた僕は
この世は絶望しかないと思っていた、
事実絶望しかなかった。
彼が僕を買った後、
彼をさんざん困らせた。
たたいてないてなぐってないて
さんざん困らせた。

彼が僕を引き寄せる。
キスしてくれるのかと思ったら

この歌手好きなんだ、いい歌歌うよな。

そう言う。ちえっと思ったら、
んーってキスされた、
んー。

コーヒーの味がした。あまーいにがーい

柔らかい残像。

ねぇ、僕は時折胸が満ちる
ねぇ、僕は君と会っていると
時折胸がいっぱいになって仕方ない
ねぇ。

決して裏切らない人に出会った
人ではなかったけれど

これはきっと、


きっとさ。

ねぇたまに泣きそうになるんだ。
そんなに優しくされるとさ。

微笑む彼の手を、ぎゅうっと握った。
彼は愛しそうに僕の耳を撫でた。