恋もしたことがなかった。

吸血鬼として産まれ、
寒い冬の日に捨てられ、
たった独りで生きてきた。

孤独は友達だった。

石を投げられ、追われ。

いつしか人を憎んでいた。
深く深く憎んでいた。

彼の唇が微かに触れる。
温かあい雪の日に、
温かあい唇。

ああ、金で買った人だけど。

僕の名は「吸血鬼」
それ以上でも、以下でもない。

人を憎む吸血鬼だ。

「キス初めてなの?」

彼が笑った。
ああ、きっとほほが赤らんでいる。
うんとうなづくと、可愛い、と言われた。
馬鹿にされたんだろうか。

可愛くなんかない。

怒ってそう言うと、
だって可愛いもの。と笑った。

笑ってばかりいる、
何種類も笑顔を持っている人だ。

一目見た時から、惹かれていた。
あの時、初めてあったとき、姿を消していた僕が
見えるかのように、微笑んでくれた。あの時から。

―微笑まれたことなど、一度もなかった。
―記憶にくっきり、刻み込まれた、痛いほど。泣きたいほど。愛しいほど。

もう一度、微笑んでほしいと、願うようになった。

あのね、普通の吸血鬼はね、
闇の世界に城を持っていて、
誰にも言えない城を持っていて、
そこで安住の地を得ている。

僕はね、あのね、
捨て子だからね、

このちっぽけな手のひらに
なんのものも持ってないんだ。

彼のために銀を盗んだ。
十日前後、彼を見て、しんしんとした心の痛みを感じて、
たまらなくなって。
あれはどこだっただろう、
ああ、この温かさはすべてを忘れさせる、
雪の冷たさも。憎しみも。
ああ、そうだパン屋だ。
ほかほかのあったかあいパン。
おいしそうなパン。
チョコレート、シナモン、パンケーキ、
食べたいなーと想ってみていたら水をかけられたパン屋だ。
パンじゃなくて銀を盗んだ。
わたしはきゅうけつきだから。
姿を消して―盗むのなんて簡単だった。

その後で彼の店に行った。
「売春宿」そう書かれた、彼の店に。
お金を払って、彼を買った。
彼を買う人々と同じように。

心臓が痛いほど高鳴って。

抱きしめて。と言うと、彼はあっさり抱きしめてくれた。

窓から青い空が見える。
雪が降っている。
銀色の雪だ。盗んだお金のような。

辛いほど、痛い雪だ。
あの中に立ちすくむと、耳と足がじんじんしてきて
いきていいのかわからなくなる。

でもここは温かい。
あたたかあい。あたたかい。

「いつも道に立ってこっち見てた」

彼がくすくす笑う。僕の耳をなめながら、
くすぐったい、温かい。

知ってたの。

「セックスする?」

「セックスって?」

「知らないの?」

「知らない。」

彼が言うなら、きっと、すばらしいものだろう。

「私は、実は淫魔なんだけど」

そおっと彼が言った、びっくりして見上げると、
なんだか照れたようにほほを赤らめていた。
だから僕が見えたんだ。

「私の家に来ない?そんな大きくない城なんだけど。
あ、一応私が管理している、城、あるんだ。
君は、吸血鬼だろ?闇にも来れるだろ?来ない……ね?」

闇に入ったことがない、と言うと驚いていた。

んじゃ、入りかたを教えてあげる。
それとパン屋で盗んだお金は返しなさい。
お金なくても、私は会うから、ね。

いろいろ知ってるんだなーと思いながら、
彼の胸に抱かれて、彼の熱を感じていた。

あの寒い雪にこごえながら彼を見ていた、
いろいろな人を抱く彼を見ていた、

こんな風に、抱かれたかった、いつも。
彼にも。誰にも。

 にくみたかったんじゃない。
 あいされたかっただけ。
 ただ、だれかにだかれたかっただけ。

 ほほえみをもらいたかった。
   かれがくれたように。
     いきていいと

    いわれたかった。

いつも。


いつも。


なぜかぽろぽろと涙が出てきたので、
ごめんなさい、変です、と言ったら

変じゃないよ。と言われた。


ずっと見てたよ。いつ来てくれるのかなーって思っていました。

君が私を見ているといいなと、

そう想っていました。

彼の声を、耳元で聞いて、ただ泣いていた。