手をつないだら

ひっかかれた

痛かった。


裸で表に出る、
風が荒い、微かな塩の匂い、
甘い匂い。

「彼」はベッドの上で
寝息を立てている。
とても静かな、
すうすうという音。

幸せに満ちているはずなのに
何故時折どうしようもなく、
不安に陥るのだろう。

こんな夜は寝ることすらできない。
目尻に滲んだ涙をぬぐって、
テラスにひじをついた、
遠くで微かな音がしていた、
ざあ、ざあ、ざあ。

かえっておいで
つぐないきれるはずもない
かくしきれるはずもない
かえっておいで
ぜつぼうがおそうまえに

遠くで母の声がする

僕は人魚です、
人魚のくせに人の振りをして
彼に近づきました、
だからでしょうか
時折死ぬほど彼が辛くて
ここにいてほしくて
いてほしくて
辛くて
辛くて
泣きながらわがままを言ってしまって
後悔するほど
彼をはなしたくないと願うのです、

彼の吸い付いていた乳首を
指でなぞると、吐息がぴたりとやんだ。

「また泣いてる」

振り返るとベッドの上で、
その牙をちらりと見せながら
笑ってる。
無精髭の吸血鬼さんは
人間だと僕を思い込んでいて


「また泣いてる」

こっちおいで、と繰り返す。
やだ、というと
しょうがないな、と立ち上がって
近づいて、
その身体に抱かれたいとまた
心が疼いて、痛みに涙がきしきし、きしきし

いつの間にか近づいた彼がぎゅうっと僕を抱きしめた
煙草の匂いがしみついた体、
幸福で僕は胸が苦しくなった
ひいひい
彼が笑う

「泣き虫さん」
「違う」
「違うことないだろ」

そおっと接吻されて
ついばむように
胸が痛んで満ちる軋んで黒くなる

また彼を僕のものにしたいと


「どこもいかないで
いかないで
いかないで
いかないで」

「許して」

心の声は鳴り止まない、
彼がゆっくり微笑んだ。

愛しそうに。

「人魚だってこと、気にしてんの?」

びっくりして顔を上げると
また口づけされた、甘い苦い

血の味





「関係ないよ、泣き虫さん。


俺はあんたを愛してるよ」

そう言って、煙草どこだっけ、って言った。


僕はどうしていいか分からず、
とにかく、笑いたかったので
嬉しくて笑みがにじみ出たので
笑って、

泣いた。

彼は煙草、と言って
あきれたように僕を見て、
もう一回口づけした。