取り返しのつかない時間

冬。

母がもう、死ぬのだと、そこには書いてあった。
なんの感慨もなく、
これといった悲しさも無かった

母はよく私になんで生まれてきたのか聞いた

産みたくなかったと言った

おいで、と書かれた手紙を読み終え、
彼の唇を見上げると、
少し寂しげに微笑んでいた

行きたくないんだろう

うん

行っといで。

なんで。

俺は

ため息をついて、彼が首筋を撫でた

俺は、俺は、おまえの母さんに、感謝してるから。




冬。

会いに行った母は寝床で枯れ枝のように細々し、
私の手を握って
無言で涙を落した

強く強く、死ぬのだ、と分からないほど、
強く、握っていた

目の中で、揺れているのは謝罪か、
愛か、悲しみか、

ただじっと、私を見ていた

外に出ると、雪がやけに熱かった


見上げていたら気がついた
この木は母と暮らした木、
この木の下で、暮らした木、

泣いた時も
笑った時も
こびた時も

私はただ、母に、母に、憎まれたくなくて



ぼたぼたと涙が出て、
止まらなかった

不幸だった
幸せだった

心の中で、湧き上がる叫びに、
私は唇噛締め、堪えた


彼の言葉が繰り返される、母はもうすぐ死んでいく


「産んでくれてありがとう、って俺は、言いたいから」