ひと時泳いで、
陸に上がる、小雨が降っていた、
深い深い闇と霧の中、
ぼんやりとした月が、まぶしいほどに光っている。
「ほたる、こっちおいで」
甘く囁くと、生まれたばかりのほたるは
はあはあと息をしながら、やあっと俺に飛びついた。
くすくす笑いながら引き寄せて、
その唇をそっと食む。
少し冷えた、ほたるの唇。

昔人間だったせいか、
この姿が一番しっくりくる。
ほたるはどうなのだろう、
俺に合わせているだけなんだろうか、
それとも、やっぱり人間が好きなんだろうか。

「拓郎、疲れた」
言いながら、ほたるがずずーっと、
俺の腹に顔置いて、もたれかかった。
「すこし、やすもう」

僕らは「魔」とか「ゆうれい」とか
不思議な暗号で呼ばれている、
僕らを見た人間達は、
途端に悲鳴をあげて、あっちへいってしまう、
いつの頃からか、この光ゴケの付着した
白く輝く沼は、「ゆうれいぬま」なんて呼ばれるようになった。

それがなんの意味を持っているのか、
もう、思い出せない。

気がつくと、ほたるはすうすう寝てしまっていた。
このまま寝せてあげよう、
あしたになったら、主様のところへ行って、
結婚したいと申請しようか。

ほたるの唇をそおっと吸う、
ちり、と微かな電光が飛び散る。


ほたるは103番目のいけにえだった。
俺は1番目のいけにえだった。

過去はもう、遠くこの沼のように
ぼんやり霧がかっている。