トキトキと雨が降ってきた。
イソガナクチャ、と、釘が【球体】を手にとる。
これで最後だろうか。
雨が球体にはじけて、透明に光る。

「なぁ、釘、お茶してこーゼ」
釘の髪の毛が雨に濡れてほのかに香る。
鉄錆びの匂い。懐かしい、10円玉のような匂い。
「そんなひまないだろ、通貨、
かみさまにまた怒られちゃう」
「そうだろうか」
「そうだよ」

釘が球体を愛しそうに撫でた。
「俺たち」が生まれてくる、
半透明に光る、ぶよぶよした球体。

「釘、いつ生まれるかって、
神様に聞いた?」
「そんなこと聞けないじゃん、
なんか怖いよ、通貨は聞いたの?」
「ん、俺来週だって」

釘が驚いたように俺を見上げた、
その目が少し翳って、そらされる。

「そう」
「俺、でも、断ろうと思う」

ぱっと釘が俺を見る、その青い目が、ゆらゆら揺れる。
「なんで…?」
「気づいてないのか?」
「なに…」
「釘、お前は生まれても、すぐに死んじゃうんだって」
「…………」
「打ち損じて曲がった釘になって、ゴミ箱に捨てられて、
「やめてよ」

静かな、凛とした声で釘がせいした。

「聞きたくない」

「釘」

立ち去ろうとする釘の手のひらを急に握り締めた、
自分で自分の行動が制御できない。
ひっぱって、抱きしめた、釘が苦しがる

「なんっ」
「俺と天使になろう」

手のひらの中の釘の顔を覗き込む。
俺は多分、泣きそうな顔を、しているだろう。

「そしたら死ぬこともない、苦しいこともない、
俺と一緒に、なろう、一緒に…」
「馬鹿、通貨」
釘が俺をにらみつけた。
この目が好きだった、大好きだった
気づいてないのは釘だけだ。
みんな知ってる、俺の気持ちは。
肝心の馬鹿野郎が気づいてない。

「ぼくはうまれるよ、死ぬことも苦しいことも、
味わって、胸はって死んでくる」
「釘」
たのむ、と小さな声が出た。頼む。

「無茶言わないでくれ…」
無茶いってるのは俺のほうだ、だけど

「馬鹿、通貨」

釘がひっそりと微笑んだ、寂しげで、
それでいてかちっとした微笑だった、
俺のほほまで背伸びして、ちゅっと吸った。

びっくりして、凍りつく。

「心配しないで…、
ぼく、うまれるの怖いけど、
そんな怖くないんだ、うまく言えないけど…」

俺を見上げる。

「楽しみなんだ」

その微笑が、痛いぐらい愛しいと思った、
無理やり―だけど釘は抵抗しなかった―口付ける。
舌をいれて、吸って。

「通貨も、生まれよう、
どっちが先に死んでも、ここで待ってるって、約束して。
通貨、ぼく、お前が好きだよ」

ぎょっとなる、まじまじと釘を見るけど、
彼は微笑んだまま、ちょっと照れくさそうに髪の毛を手でもてあそんだ。

「ほんきか」
「うん」

釘がやさしく、いとしそうに、俺の手をさすった。

「約束しよう――――――――――――