浴場に入ると、白いもやが、ばあっと広がった。
空気がぬくい。
かたん、かたん、とヒィシャがあとをついてくる。
浴槽に入る前に、石鹸で体を洗わなければいけない
それはここの―ならわし―

髪をペンダントで止め、
頭から花の匂いのする湯をかぶる。
かたん、とヒィシャが俺に近づいて、
そっと髪を梳く。

冷えた体に、湯は浸透していく。
あまりの心地よさに、眠りそうになる、
何も考えず、深く
深く。
「ヒィシャ、俺はどうなってしまうんだろう」
「どう…とは」
ヒィシャが、蜂蜜を固めて作ったぶよぶよのスポンジに、
柘榴の石鹸で、俺の背中を洗い始める。
背中を掻かれる感触を味わいながら、
右に置いてあるヒイラギの石鹸水を手にとって、
静かに髪の毛に静めていく。
この石鹸、泡はそんなに立たない。

「もう左手も、右手も、光を空かせてる」
「…」
「これ以上、主様に精を吸われたら、
俺はどうなるんだろう」
「…」
突然きゅっとヒィシャが俺を抱きしめた。
ヒィシャのぬくもりは感じられない。
ヒィシャは、「人形」だから。

「おそろしいですか…」
「おそろしくはない、
俺はただ、俺がいなくなることを、
考えているだけだ」
「私が、代わりになれればいいのに」
「ヒィシャ、おまえは感情的だよ」

ちょっと笑って、もう一度、花の匂いのする湯をかぶる。
「ヒィシャ、服を脱げよ」
「……お許しください、それは」
「脱げよ、一緒に入ろう」
「それは許されておりません」
「…いいから」
じっと見つめると、ヒィシャはうつむいて、考え込んだ。
俺の命令は絶対だ。ヒィシャは俺のあばらの一本から、
作り出された人形だから。
だけど、主様の命令も絶対だ。

「それで、貴方は、幸せになりますか?」
ヒィシャが悲しそうに、俺を見上げた。
俺が命令すれば、なんでもするヒィシャ。
今までも、何度も、何度も、無理を言ってきた。
「うん」







主様の体の一つとなる時、
願おう、たった一つの願いをかなえてもらおう。
ヒィシャと、いっしょにしてください。