リーちゃん



春先のこの古びた温泉宿には
リーちゃんと僕しか泊まっていないらしい
リーちゃんは僕が好きで
僕もリーちゃんが好きだけど
「一線を越えてはならんのだ」と
リーちゃんはいつも言う
だからベッドは二つの部屋に
いつも泊まる

タンポポ畑が近くにあるというから
下駄を履いて二人で歩いた
カランコロン

草花が生い茂り
木々が黒い影を落とし
下駄の音が夕闇に響く
カランコロン

リーちゃんは短い黒い髪を
えりさきできゅうっと縛って
着物を裏表反対に着て(なんでだろう?)
少しだけ涼しい夕方の赤い斜面に
溶けだしそうに、だけどすっと立って歩く

タンポポは確かに咲いていたけど
もう白い綿をそこかしこに噴出していて
あまり見ごろとは呼べなかった

リーちゃんは苦しそうに
「ああ、この着物はきついな」と言うけど
それは裏表反対だからだ、とか
帯をぎゅうぎゅうに巻くからだ、とか
こっちはいろいろ思い浮かんでしまって
おかしい

「リーちゃんちゅっして」
そういうと
リーちゃんは振り向きざま

「一線を越えてはいけんのだ」
と笑った
いつでも、そう言って
自分の気持ちをはぐらかしてしまう
リーちゃんがたまに悲しい

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