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スコーピオン
その後に会ったとき、
スコーピオンは血まみれであり、
その目の光を消し
守りの人々に、鞭打たれていた。
ぴし、ぴし、という音と
その度、スコーピオンの小さな息をのむ音が響く。
私が、それをしばらく見ていたら
白海が隣で「止めてはいかがですか」と
あっさりという。
(うーん、やっかいだなぁ……)と思った。
というのも、
スコーピオンが鞭打たれながらも
私に気がついた時
どうもこれは私に関係があるぞ、と思わせる、
妙に喜び耐え偲ぶような、
決心したような顔を
確かにしたのだ。
「おい、どうした」と聞くと
守りの主である黒地
(いい男なのだが、少し保守的だ)は
意地の張った眉をして
いえ、こいつが勝手なことをしましたので
罰です、と言う。
勝手とは何だ、というと
無言で私を見上げる。
その粗野な目をじっと見ていると、
観念したように黒地はため息をついた。
「ワン、彼は昨夜
ワンの部屋の下に
蛇を見つけた、と騒ぎまして
蛇は、その
私が目で見ても
そんな大したことのないように思えましたが
とにかく彼は、ワンの部屋の下に居たい、と
言いますし
そんなことをしては
とても無礼だから辞めるように、と
いったん引き下がらせたのですが、
だのに深夜私たちを欺きまして、
その、ワンの部屋の下にずっと居たようで……」
「あはは」
笑ってしまった。
と、鞭を打つのを止めた守りの一人が
私を見上げながら口はしに
これまた粗野な笑みを浮かべながら
「こんな身分の卑しいものを
守りだの、そばにおくのはどうかと思います。
あなたの窓の下でなにをしていのか
わかったものではありません」
「蛇は毒をもっていました」
ふと
まるで騒がしい周りの風を一切無視して
スコーピオンが急に口を開いた。
目を見ると、さっきまで消えていた光が
戻り宿っている。
風のない黒青の湖に光る、月のようだ。
「あれは噛まれたら死にます、
ワン、お気をつけください」
「だまれ」
黒地が焦ったように叱り飛ばす。
「おまえは少し気がせいているのだ」
「うん、いい、いいよ、黒地、
こいつは守りをぬかそう」
さっきまで決して揺らがず
ただ耐えていた
スコーピオンの顔が
それを聞いた途端、ゆがんだ。
「ワン……」
絞り出される悲鳴のようにささやく。
それを聞こえなかったように
「それがいいかと思います、ワン」
黒地がごつごつした顔にふいた汗を
ほっとしたように拭う。
「私もこういうのは苦手です」
「うん、すまなかった
気が利かなかったね」
「ワン」
スコーピオンは声を震わせて
「自分は、ワン……
僕は、あなたのそばにいたい」
「うん、焦るなスコーピオン
おまえは私の隣の部屋に来なさい、
白海と同じ部屋になるが、
まぁかまわんだろう、
寝台は少々窮屈だが
二段の上が空いているし。
えーと白海、おまえいじめるなよ
スコーピオンは
白海と同じ、私の付き人にしよう」
周囲にいた人々の
息をのむ音がした。
場が凍りつく、というのは
たぶんこう言うことだろうな。
白海が不機嫌に「いやです」と言った。
それで今日の4の日、
ずいぶん温かくなってきた。
最初はぎくしゃくしていたものの
スコーピオンと白海も
大分お互い距離をとれるようになり
慣れてきたみたいで、
またスコーピオンが
けっして口だけではなく、
タフで、献身的な私への想いと
それを反映できる強さを持っていることに
周りの幾人かの教養のある人間が気がつきだしていた。
そのため、ある種の人々がよせる
スコーピオンへの反感と軽蔑も否応なしに高まり
妙に城内は緊張した拮抗する空気を湛えており
その最中、この日の午後
拳闘会が行われた。
少しだけ説明すると
これは、何回も開催される
こまごました拳闘会とは異なり
年に一回開かれるだけの
昇進、配属にも影響する
重大(だと思われている)ものであり
むろん、城内の武を職にするものは
全員欠席不可、全員出席である。
(建前には、棄権することも可能であるが
私の心証を悪くするぞ、という
いわば、お金とか名誉とか
そういったものに
多大に影響する、と思われている)
場は勇んでいる男たちであふれ
特に、涼しい顔をした白海の隣に立つ
まったくの無表情、
鉄仮面をかぶったのような顔をした
スコーピオンは
じろじろじろじろ
まるで珍獣でも見るかのように眺められ、
誰も口にすることはないが
こいつをなんとか倒したい、と
そういった思いを
醸し出している
やけに荒い気配であふれていた。
開始前に
「なんにも気兼ねせずに、
相手を倒してきなさい、私に恥をかかすなよ」と
言ったのがきいたのか
結局誰もスコーピオンを倒すことはできず
むしろ、彼らは少しの戦いで
すぐに寝転がってしまって
最終的に
スコーピオンと白海が戦うことになったのだが
白海はもうやる気がまったくなかったらしく、
棄権してしまったため、
スコーピオンが優勝と言うことになった。
表彰前によくやったな、とこっそり言うと
「かんたんでした」
ぽつ、と彼はつぶやいた
「ひとりで獣を討伐するより楽です」
そして棄権したため
月給が下がる心配はないのか、と思う白海に
「お前、白海手を抜くなよ」と
こっそり囁くと、白海は憮然としながら
小さく「いやだっつってんだろ」と言う。
もう敬語さえ使う気になれないらしい。
横で聞いていた叔父が噴き出しそうになっていた。
さて優勝者にはなんでも贈ることになっているが
スコーピオンがほしいのはなんだか
お前、検討がつくかい、と
小さな声で、白海に言うと
さあね、でもあんたはわかってんだろう、と
もう放り出して完全に拗ねた話をする。
いやいや、お前ね、いじめるなよ、というと
あのね、おれはね、いじめてないよ
いじめているのはあんたでしょう、という。
だいぶ長い付き合いなので
ばれつつあるらしい。
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その後に会ったとき、
スコーピオンは血まみれであり、
その目の光を消し
守りの人々に、鞭打たれていた。
ぴし、ぴし、という音と
その度、スコーピオンの小さな息をのむ音が響く。
私が、それをしばらく見ていたら
白海が隣で「止めてはいかがですか」と
あっさりという。
(うーん、やっかいだなぁ……)と思った。
というのも、
スコーピオンが鞭打たれながらも
私に気がついた時
どうもこれは私に関係があるぞ、と思わせる、
妙に喜び耐え偲ぶような、
決心したような顔を
確かにしたのだ。
「おい、どうした」と聞くと
守りの主である黒地
(いい男なのだが、少し保守的だ)は
意地の張った眉をして
いえ、こいつが勝手なことをしましたので
罰です、と言う。
勝手とは何だ、というと
無言で私を見上げる。
その粗野な目をじっと見ていると、
観念したように黒地はため息をついた。
「ワン、彼は昨夜
ワンの部屋の下に
蛇を見つけた、と騒ぎまして
蛇は、その
私が目で見ても
そんな大したことのないように思えましたが
とにかく彼は、ワンの部屋の下に居たい、と
言いますし
そんなことをしては
とても無礼だから辞めるように、と
いったん引き下がらせたのですが、
だのに深夜私たちを欺きまして、
その、ワンの部屋の下にずっと居たようで……」
「あはは」
笑ってしまった。
と、鞭を打つのを止めた守りの一人が
私を見上げながら口はしに
これまた粗野な笑みを浮かべながら
「こんな身分の卑しいものを
守りだの、そばにおくのはどうかと思います。
あなたの窓の下でなにをしていのか
わかったものではありません」
「蛇は毒をもっていました」
ふと
まるで騒がしい周りの風を一切無視して
スコーピオンが急に口を開いた。
目を見ると、さっきまで消えていた光が
戻り宿っている。
風のない黒青の湖に光る、月のようだ。
「あれは噛まれたら死にます、
ワン、お気をつけください」
「だまれ」
黒地が焦ったように叱り飛ばす。
「おまえは少し気がせいているのだ」
「うん、いい、いいよ、黒地、
こいつは守りをぬかそう」
さっきまで決して揺らがず
ただ耐えていた
スコーピオンの顔が
それを聞いた途端、ゆがんだ。
「ワン……」
絞り出される悲鳴のようにささやく。
それを聞こえなかったように
「それがいいかと思います、ワン」
黒地がごつごつした顔にふいた汗を
ほっとしたように拭う。
「私もこういうのは苦手です」
「うん、すまなかった
気が利かなかったね」
「ワン」
スコーピオンは声を震わせて
「自分は、ワン……
僕は、あなたのそばにいたい」
「うん、焦るなスコーピオン
おまえは私の隣の部屋に来なさい、
白海と同じ部屋になるが、
まぁかまわんだろう、
寝台は少々窮屈だが
二段の上が空いているし。
えーと白海、おまえいじめるなよ
スコーピオンは
白海と同じ、私の付き人にしよう」
周囲にいた人々の
息をのむ音がした。
場が凍りつく、というのは
たぶんこう言うことだろうな。
白海が不機嫌に「いやです」と言った。
それで今日の4の日、
ずいぶん温かくなってきた。
最初はぎくしゃくしていたものの
スコーピオンと白海も
大分お互い距離をとれるようになり
慣れてきたみたいで、
またスコーピオンが
けっして口だけではなく、
タフで、献身的な私への想いと
それを反映できる強さを持っていることに
周りの幾人かの教養のある人間が気がつきだしていた。
そのため、ある種の人々がよせる
スコーピオンへの反感と軽蔑も否応なしに高まり
妙に城内は緊張した拮抗する空気を湛えており
その最中、この日の午後
拳闘会が行われた。
少しだけ説明すると
これは、何回も開催される
こまごました拳闘会とは異なり
年に一回開かれるだけの
昇進、配属にも影響する
重大(だと思われている)ものであり
むろん、城内の武を職にするものは
全員欠席不可、全員出席である。
(建前には、棄権することも可能であるが
私の心証を悪くするぞ、という
いわば、お金とか名誉とか
そういったものに
多大に影響する、と思われている)
場は勇んでいる男たちであふれ
特に、涼しい顔をした白海の隣に立つ
まったくの無表情、
鉄仮面をかぶったのような顔をした
スコーピオンは
じろじろじろじろ
まるで珍獣でも見るかのように眺められ、
誰も口にすることはないが
こいつをなんとか倒したい、と
そういった思いを
醸し出している
やけに荒い気配であふれていた。
開始前に
「なんにも気兼ねせずに、
相手を倒してきなさい、私に恥をかかすなよ」と
言ったのがきいたのか
結局誰もスコーピオンを倒すことはできず
むしろ、彼らは少しの戦いで
すぐに寝転がってしまって
最終的に
スコーピオンと白海が戦うことになったのだが
白海はもうやる気がまったくなかったらしく、
棄権してしまったため、
スコーピオンが優勝と言うことになった。
表彰前によくやったな、とこっそり言うと
「かんたんでした」
ぽつ、と彼はつぶやいた
「ひとりで獣を討伐するより楽です」
そして棄権したため
月給が下がる心配はないのか、と思う白海に
「お前、白海手を抜くなよ」と
こっそり囁くと、白海は憮然としながら
小さく「いやだっつってんだろ」と言う。
もう敬語さえ使う気になれないらしい。
横で聞いていた叔父が噴き出しそうになっていた。
さて優勝者にはなんでも贈ることになっているが
スコーピオンがほしいのはなんだか
お前、検討がつくかい、と
小さな声で、白海に言うと
さあね、でもあんたはわかってんだろう、と
もう放り出して完全に拗ねた話をする。
いやいや、お前ね、いじめるなよ、というと
あのね、おれはね、いじめてないよ
いじめているのはあんたでしょう、という。
だいぶ長い付き合いなので
ばれつつあるらしい。