スコーピオン



さて、まぁとにかく
一旦身なりを整え、
みなで場を移して
スコーピオンは
王座の真ん中にあがり、
私の前に緊張した顔つきで
(闘っている間にもしたこともない表情で)
私の言葉を待っている。
「スコーピオン、
よくやった。みごとであった。
流石、私の付き人だけある、
見事なものだった」
「おほめにあずかり……、
ありがたい限りです」
「うん、で、優勝者には
なんでも贈ることになっている
私が出せる範囲なら
お金でも暇でも、
あるいは家でも部下でも
くれてやろう、何がいい」
「……」
泣きそうな目で私を見て
無言で額に汗を流していたスコーピオンは
いきなりひれ伏し、
頭を地にこすりつけて叫んだ
「わ、わたしは
その、あ、あなた様の
そ、その、ワンさまに
ふ、ふれることが
できましたら
無上の喜びでございます」
ざわざわ、と急に観衆が盛り上がる。
野次が飛ぶ、みのほどをしれ、だの。
「ははは」
いや驚いたふりをしなければ。
「うん、これは驚いた」
「演技が下手だな」
白海がつぶやく。うるさい。
「うん、では
立ち上がりなさい、スコーピオン」
観衆がひどい騒ぎ方をしている。
私は近づいていって
がちがちにかたまっている
スコーピオンのほほにふれ
口づけをした。

さて、ここから先は少々端折らせてもらう。
なぜかと言うと、
だいぶいやな話だし
つまり、スコーピオンを
よろしく思っていなかったやつらは
彼を罠にかけ、ついにおんだしてしまったのだ。
私は手の中から彼がいなくなり
ひどい不機嫌といやな気持を抱いた。
彼らのやり方の卑怯さ、またこっかつさは
舌を巻くほどで、スコーピオンは
自ら暇をもらい出て行ってしまった。

それから3年が経った。




あの大会の少しあと
スコーピオンに
「最近は物騒だから
私の湯につきあって
背中を流せ」と
言ったことがある。
その時、スコーピオンは話してくれた。
私が、おまえはだいぶ
丁寧な言葉遣いをする
奴隷とは思えないが、どこで覚えた
と、聞くと
私は5歳までは小さな商人の家に
幸いにも拾われた捨て子で、
小間使いをしておりました。
だけど商人は借金を重ねてしまって
仕方なしに売り払われることになりました。
それまで、彼のお客にする態度を見て
生きる足しになるかと
だいぶまねていましたので、と言う。
私の背をこすったあと
その泡を湯で流しながら
「失礼ながら、
ワンさまは、なぜ不思議なお名前なのです」
こういったことが言えるほど
私と彼は、だいぶ親密になっていた。
「うん、私が生まれたとき
母は死んでな、
病で言葉がしゃべれなくなった父に
叔父が私を見せたところ
父は黒い木の茶碗をしめした
それを見た叔父が
私の名前のことだ、と思い込んで
私に「椀」と名付けたのだよ」
「……」
急に押し黙る。
「気にする必要はないよ
父も母も物心つくまでにはいなかったが
私には白海と叔父が居た」
「いえ、物騒だと思ったのです」
「……おまえ、滅多な事を口にするんじゃないよ」
思わず制するように言ってしまう。
「それはほかに聞かれたら、
私の父母が病ではないような言い方じゃないか
私は気にしないけどね
ほかに言ってはいけない」
「……申し訳ありません」
「……いや、まだまだお前はものを知らないね」
いきなり、スコーピオンが
私の背にほほをつけた。
じっと、私は押し黙った。
実のところ動揺していたのだけど
とっさに感情を隠すのはもう癖のように
身にしみついている。
「あなたは……私がお守りします」
「はは、頼んだよ」
「ええ……」
その時、スコーピオンの口ぶりは
大変に決意がみなぎっていて
私はまた、やっかいだ、と思ったものだ。

案の定、スコーピオンは
思慕を逆手に取られて
自らを追い詰めてしまった。




まぁそれはさておき。

最近、虫と言う名の盗賊が居て
それがだいぶ物騒で、
人は殺さないらしいのですが
ここ近辺をうろついている、との情報もありますし
できるだけお気を付けてください。
私は隣にいますから、万が一なにかあったら
床の隠しベルを踏んでならして、云々、と
長く続きそうな白海の言葉を遮って
酒を部屋に持ち込み
のらりくらりと
月に赤い水を照らして呑んでいると
(私の不機嫌は
これほどの月日が経っても
一向に改善されず
むしろどんどんひどくなってしまい、
酒は前よりだいぶ好きになってしまった)
急に部屋の窓が開いた、
お、と思い、振り返ると
はたして彼がそこに居た、
前と違っていたのは、だいぶ
身なりが山賊のようなものに近くなって、
伸びた髪はぼさぼさで
後ろに無造作にしばり
また右手にナイフを持っていたことだ。

( 3 / 7 ページ) Prev < Top > Next