照らし続ける。

彼を愛していたのか
愛していなかったのか
もう、わからない。

 君は今四畳半の畳の上で。

動かなくなった手足は
こりこりと動く虫たちの
這う音にまみれ、泥をかぶっていく。

古びたアルルカンはここで捨てられるのだ。
さようならなのだ。
笑っちまいたいぐらい、孤独なのだ。

 嘘だ、目を覚ましな、
 ここは布団じゃないか。
 四畳半の畳の上で
 しいたせんべい布団
 彼と愛し合った布団じゃないか
 その上で、君は寝ているのだ
 平穏な眠りについているのだ
 なぁ、目を覚ましな。

凝固して固まった目の上には、
まっしろくまるい月がからからと輝いている。
僕の屍。
彼が泥をかぶせていく。
虫がぶうっと音を立てて飛ぶ、
うるさそうに彼がなぎ払う。

梅雨に落ちた雨が、足下を濡らす。
長靴は茶色く、薄暗く光っている。
それをちらりとみて、笑った。

 なあいつまで拗ねているんだ。
 君はこの布団の上で
 今しがたふられたばかりの胸の傷を抱え
 痛みに縮こまっている。
 食べようと想っていたカップラーメンが
 もうすぐ腐敗の音を立てるよ
 ねぇ、いつまで拗ねているんだ、
 おきあがって、窓をあけて、太陽を浴びよう。
 少しは元気になるよ。

致命傷は胸の傷。
真っ赤な水たまりがぶよぶよとあふれている。
まだ固まりきっていないそこには、
赤く赤く腫れぼったい固まりが

ばくん

ばくん

と動いている。




彼になら、殺されてもいいと、想った。


最後に彼の唇が開く、
何を言うのか、何を告げるのか、
期待と闇に入り交じった混乱を覚え、
僕は嗤った、彼が斧を振りかざす。

ああ、


 死んでいく。


    めをさませ
    しぬきか
    ひがきえた
    がすがじゅうまんする

    きみは

    現実に戻れ。





びっくううううううっと体が跳ね上がる。頭が反応するより早く。なんだこりゃ。とにかくわからないけれどなんだこりゃ。ものすごい音、音、音。じりりじゃないのね、もう。がりりりりりりっりりりりっりりりっり。目、壊れるかと想った。耳じゃないのね、もう。頭の芯がびりびりりりりりっっとしびれる。

いってぇえええええええっ。

叫びながら、ばちいいいんっっと余韻が立つほどその音のもとをぶっ叩く。
投げる感じに。

「んだよ、誰だよ、おい、おま、ちきしょ」

耳をがりがりほじって、あたりを見渡すと、壊れかけた目覚まし。
正座して俺をみているなんだか怖い男。

「……誰?」


彼はうっすら嗤った。

「ねぼっっっっっっっっっっっけんんんんんんんんなあああああああああああああああああ」

次の瞬間、たたき落とされていた。目覚ましのように。死体のように。のうみそぶちまけたいんかごらぁあああああっ。







ソフトクリーム持ってきたんだって。初めてのデートだから期待していたんだって。パンツもちょっといいのをはいたんだって。香水も(おしゃれして)つけたんだって。


いつまでもあんたが待ち合わせの場所こないからきてみたらなによ、ぐーぐーねちまってしんじらんないひどすぎるひとでなしあんたこれから「たぬきです」って書いたビート板持ち歩いたら?書いてあげるわよ今すぐ。

2丁目で知り合ったという自称オタク兼オカマのねーさんは濃ゆいひげをぶしぶしゆらしながら、泣きながらたくたくたくと叩き付けた。

そして俺はこの人が誰なんだかさーーーーーーーっぱり覚えていない。
今までのは夢だったのだろうか、死にたいと想っていたのは。
誰かにふられた気がするのに。なんだこれ?
ねぇ、なにこれ。何がおこってるの?

「とりあえずソフトクリーム食べよう」と言ったら、
ちょっとまだ怒りながら、
「あんたが好きだって言うから。
ちょこのにしといてあげたのよ?感謝しなさいよね」
と、笑う。あ、ちょっと可愛い。

「あのさ」

「はいはい」

「あんた誰」


彼の(彼女の?)顔が凍り付いた。

いきなりドアが開く、雅広っごめん雅広っ、ハンサムな男が入り込んでくる。おかまが俺をはり倒す。ねぇなにこれ。なにが起こってるの?ソフトクリームが宙を舞う。

一瞬の停止。

おかまは男をみていた。

俺は男をみていた。

男はおかまと俺をみていた。

べしゃっとクリームが落っこちた。あー畳。

「なにこれ」って顔をして。


まさ……ひろ……


男が顔をひくつかせる。


「ふって二日で次の男作ったのかよおまっおまええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ」


男の絶叫とともに、頭痛が襲ってきた。あたまいってーーーーー。


はいはい、全部俺が悪いんです。

おかまの名前はあみちゃん。男の名前は「知ってるよね?」「知っています」楓さん。

はいあみちゃん。

「だからーまーちゃん(その呼び方やめて、と俺はお願いしましたよ?一応)
あの日二丁目で泣いていた私にすっごい優しくどうしたの?
元気ないね?大丈夫?ってー忘れちゃったのー?」
「こいつ酒飲むとすぐ酔っぱらうんです、
あみさん(ちゃんでいいわ、とおかまは言った)、
顔にはでないから、みんなだまされるんだけど。
……むかしっから酔っぱらうたびになんぱばっかして……」
「うそーひどーーーーぉおおおおい、酔っぱらったから優しくしたのね!!?」
「そうなんです、ひどいやつなんです。
俺がどんなに言っても酒飲むのやめないし。」

ぶつぶつ楓さんが言う。
悪かった、全部俺が悪いんです。

頭抱えながら、じーっと聞いていた俺は、
なんだか笑いそうになった。
うわ、だめだ、笑っちまう。
こらえようとしたら腹が痛くなった。

「ぶうううううふっふはっはははははははああああははははははははっ」

いきなり笑い出した俺をぽかんと二人が見つめる。
「なにあれ」「さぁ……」「もしかしていっちゃったのかしら」「どこにですか?」「それぐらいわかりなさいよ、もう、パーの世界よ、パーの」「パーマンですか」「パーマンじゃなくてパーよ。っていうかあ、パーマンてそういう意味で直訳やばいわね。パー男」

腹いてぇ。

「何笑ってんだよ」

楓さんが情けなさそうに言う。
「だってさぁ、だってぶはっ、もど、戻ってくんだもん、か、楓さん、
もどって…もどってくんだもの……」
最後は涙声だった。

楓さんが、ふ、と緩んだ顔をした。
笑顔でも、泣き顔でもない。
無理矢理言ったら、「しょうがねーなー」って顔。

「もーいやんなっちゃうわ、私じゃあ、お邪魔虫じゃない」
「ふふふ、そうかな。
とりあえず、ご飯食べませんか?
おなかすいたや」

それから三人で笑い合った。げらげら腹抱えて。
ばっかだなーって言ったら、

一番の馬鹿は、おまえ。

そう、言われた。