桜の花は人を攫うという。

ならば私を攫って欲しい。








この苦しみから消えれるものならば
何の恐さがあるだろう。







酔っ払ったといって同僚は服を脱ぎだした。
社長も服を脱いじまったので
仕方なしに俺も脱ぐ。
おっとっとっと、ビールが注がれる、
黄色い液体が白い泡を立てながら、
しゅわーっと満ちる、
飲み干すとのどに軽い刺激。

「高里の体、すげー綺麗」

塔佐がぽつりと口に乗せた、うっとりした目をして。
社長が笑う、お前らホモか、
ホモじゃないですよー、でも綺麗じゃ在りません?
ましっろいし、もやしっこだもやしっこ
しかしこのビールうまいですね。

酔った、少しトイレ行ってきますね、そう告げて、立ち上がると、
足元がふらりとふらついた、ああ、やっぱり酔っているのかもしれない。
塔佐のくちびるを叩いて、
抱きしめたい衝動を打ち消しながら
今言われた一言、ホモじゃないですヨ、ホモじゃ、そんな一言に、
心が動揺している。泣きたくなってる、いっそ泣ければ、
馬鹿野郎、ばか

社長の庭はくっきり区切られて、
下界との接触を断っていた、要塞、そんな言葉が浮かぶほど、
かたくなな背筋を持っていた。
塔佐、そうつぶやきながら、一角にある白いトイレに、塔佐、
いっそ桜に攫われたい、

「まてよ、高里」

後ろから抱きすくめられる、ぎょっと体が固まる。
やらけぇ、あほみたいなうっとりした声、
「からかうな、塔佐」

俺の気持ちも泣き方も、全て知っているくせに、
知っていて振ったくせに、
何故、何故そんな仕打ちばかり。

「高里、俺のこと、まだ、好き?」

ああ、桜が降っている、
桜が降っている、
この雪は、温かい、
にじんだ色の、桜が降っている、

ついからかっちまって、つい、ふっちまったけど
ずっとこうかいしていて、すげーこうかいしててさ、
あのさー、おれおまえのこときれいだと
ずっとおもってて、そんで、そんでさあ


言われて嬉しかったんだって
でもどうしていいか分からなかったんだって


好きだよ。


声にならない声で、俺は泣いた。