好きな人が居ますか

どんな人ですか

好きな人と

話したりしますか

僕は孤独な吸血鬼。字面にすると笑えるぐらい、陳腐な肩書き。
父はとうに死に、母は出て行った。巨大な城でただ一人。
蝙蝠がぱさぱさ、とたまに飛ぶ。町に下りて
たまに血を吸う、そんな毎日。

靴を磨くとぴかぴかと私の顔が映った
少し苦々しく笑っている私
「気に入ってくださると想うか?」笑いかけると、
苦々しく笑い返す、少し、泣きそうな顔
「花なんて陳腐か?」
足元に置いた薔薇をちらりと見る
何が好きかわからなかったから、薔薇を摘んだ
指が少し切れて、血が流れた
ふと、靴に映った顔が揺れて、ぽとり、と涙が落ちた
「ああ」
ああ。
汚れちまう。つぶやきながら、擦り取る。
ぽとり、ぽとり、ほほを流れる温かな水。

辛い時は決して泣かない、そう。決めている。
だからこれは嬉しい時なのだ、いまは嬉しがっているのだ、私は

馬鹿らしい

花を持って、目をこすって立ち上がる。
精一杯背伸びして買ってきたスーツ、あの人に会う時はこれと決めている

神父様―…まだ、私が魔物だと気づいていない、神父様

会いに行くだけで、あいにいけるとわかるだけで
こんなに胸がつまる。手に持った薔薇に少し顔を埋めて、ばかだなぁとつぶやいた

振り向いてくれるはずもなく
愛し合えるはずもなく

翼が舞い上がる、さあ、人間界へ行こう





扉を開けると、背を向けていた彼が、かあっと耳まで真っ赤になって振り向いた。
「…」
無言でもじもじとしている。
「遅れて申し訳ありません」
「遅いです」
「申し訳ありません」
「すごく寂しかったです」
もじもじ、もじもじ。

声が心に透き通る。

「なかなか来ないから今日は来ないのかと、さ、寂しかった、きょ、今日はフォンダンショコラを焼いて、あ、貴方甘いものお好きだとおっしゃっていたから」

心が、ぐずぐずに熔けそうだ

「薔薇を摘んでいたんです」

差し出すと、もっと赤くなって潤んだ目で、ありがとう、と言った

笑いたきゃ笑え、自分でもおかしい
この人の「ありがとう」だけで
俺はこんなに幸せになれる
こんなにエクスタシーを感じる
こんなに、こんなに頭がいっぱいになる

吸血鬼が恋、神父に恋、ばかばかしい叶うはず、何一つ無いのに
万が一にもないのに、こんなに
こんなに惚れている

抱きしめたい衝動を抑えて、床にひざまづく、
あ、と神父様が呟く。
「手を」
おずおず、手を差し出すそれを無理矢理とって、
接吻した。この瞬間―柔らかな皮膚が触れるこの瞬間

この一刻だけで

俺は、もういい

もう、―寂しいことも、苦しいことも、つらいことも

ぜんぶ、いい


もういい






「…お茶にしましょう」
うっとり手に口付けていた私を制して、神父様が言った
「はい」微笑みかけるとまた赤くなる、照れ屋なんだ

アールグレイを淹れながら、神父様がぽつりと呟いた

「私、貴方となら魔物になってもいい…」





「・・・へッ?」





ずっと知られていたらしいことが分かったのは俺の混乱がおさまったあたりで。
そんで。

そんで、初めて

キスした。