「ふわ……」
やっと起きれた鬼の子は、白木の虚ろから滑り落ちた。
沼のしゅうっとした砂が、足の透き間を埋める。
午前三時。
もっとも鬼の子に、時間の感覚はないけれど。
「午前中」ということだけは分かる。
鬼ぼたるが飛んでいく。
鬼の子の寝ぼけ眼にも、ゆらりと映り、眠気をいざなう、
「あううう、やめるのじゃ、おまいら」
ぽくぽくと歩き出す。
今日は、「あいつ」に会う日。
そう決めた日。
だから、これだけ早起きをした。
「午前中ならいるから」そう言ったあいつ。
もちろん今は午前中に違いない。


宝物箱―木の空ろ―に行くと、鬼ぼたるが交尾していた。
「あはは」
嬉しそうに鬼の子はしゃがみこんでそれを見守った、
御尻をつんつんとつつくと「ギャッ」と言って怒られた。
「すまんのぅ、てへへ」
宝物箱からビーだまを取り出す。
鬼の子は以前、これを街で拾った。
きらきらしてすごく綺麗だと思った、
きっと宝に違いないと。
鬼ぼたるに謝って、光を分けてもらう。
ビーだまはきらきら光った。ほうっと見とれて、嬉しくなる。
あいつもきっと喜ぶぞう。

「あいらびー」「あ、あいらぼー」
一生懸命に練習するけれど、なかなかうまくいかない。
魔女に教えてもらった魔法の言葉。
「あいつに逢うと胸ぽかぽかするのじゃ、
あいつもそーなる言葉はないかのぅ」
そう言ったら、おほほ、じゃあこういうのがいいゾ。
と教えてくれたのだ。
ぽかぽかの呪文だと言っていた。
「あいらびょー」
なかなかうまく言えた。自信をもった鬼の子は、
ドキドキしながら町外れの木の家、その扉をたたいた。


「キャー―――――――ッ」
出てきた途端飛びつくと、あいつは困ったように笑った、
「おまえなーごぜんちゅうってなぁ、いや、そら午前中だけどさぁ」
いいこいいこと鬼の子を抱きしめてくれる。

前攫って見た「男」の「人間」。
すごーく鬼の子を大事にしてくれた、
すごーく鬼の子をいいこいいこしてくれた、
すごーく温かくなった、
こいつ大事。鬼の子はそう思った。
とてもだいじ。

ビーだまを渡すと、「おープレゼントか?あはは」と喜んでくれた、
ちゅうしてくれた、そして、またいいこいいこしてくれた。
「きゃあー」
「ああもう、可愛い…」
ちゅってする。ゆっくり唇を噛まれる、いたーい、あまーい。
「あのなー」
「んーなーに?」
「あいらびー」
ン?ちょっと下手?
でも効いたらしい、男はまっかっかになって、
心臓がばぐばぐーってして、鬼の子をぎゅううううって
今までにないぐらいぎゅううってした、
「お、俺も…」
「おれも?」
鬼の子に自分も呪文をかけようとしているのか、
そりゃいい。
「おれもー」
ほっぺを胸に擦り付けると、
なぁ、一緒くらそ、な?
と何度も言っていた。やなのじゃーと言うと、
なんでだようとゆさゆさされる。
きっと、

もうすぐ、

鬼の子はここに住む。