「あひゃひゃひゃひゃひゅあ」

春爛漫。
咲き乱れた桃の花、
満月空に浮き、
沼の泥は熱を帯びて、
ゆっくり這う魚達の
小さな電流に胸がぱちぱちする。

ぼーっと空を見上げていたら、「彼」が人の胸ちゅぱちゅぱすんの。
「やめーろ、なにすんだ」
「ちくびぴくんぴくん」
ちゅうちゅう。
くすぐってぇ。
「やめーろって、こそばゆいよ」
「こそばいかー」
「こそばいよ」

人には名があるけれど
私には名がない、
「彼」にも名はない、

ああこの自由な命。

魚と呼ばれる集合体の少し特異なこの命。
ああ、この春の中で、何の痛みも持たないのに。

「なぁ…、あったけぇなぁ、な…ヘモグロビン」
勝手につけた名前で呼ぶと、
人の脇に鼻突っ込んでくんくんかいでいた「彼」が
ちらっと僕を見た。
「やっぱちくぅびがいい、ぱいぱい」
そういってまたちゅうちゅうすいだす、あのね、くすぐったいのよ、分かる?
「ひゃはは、やめろい」
「とんがってるよーぴんくぴんく」
「あんなぁ」
はーってため息ついて
泥にまたひとつ、沈んだ、
ゆっくり、ゆっくり泳ぐ、彼がまてぃまてぃと騒ぎながら追いかけてくる。

ははは。

ああ、とても身がひきちぎれるほど幸せなのに、
どうしてもどうしても幸せなのに
泣きたいほど、幸せなのに。

ヘモグロビンが僕の尾鰭にかぷーっと食いつく。いてっ。
いてぇ、と思ったら泣いてしまった、
ヘモグロビンが慌てる、どうした、どうした、くいつくのやか、やか?
ごめんな、ごめんな、いたいか、いたいか

あのね、幸せなん
しあわせなんか。
幸せなん
しあわせなんかー。
でね、泣けるなん
泣けるんか
幸せすぎてな

ヘモグロビンが僕をだきしめる、つよく、いとしく、
ばかだのぅ、おまえは
そうだねぇ、ばかだねぇ






泥は温かく

どこまでも深く


さかなとしていき
さかなとしてしに
ああ、


なぜ



これほどまでに






しあわせなのか



いっしょういっしょにいて、いっしょういっしょにふざけあって
いっしょういっしょに、ともに、すごそう