「死にたい」

それが、口癖だった。

「笑えよ」
ベッドに寝転んだ男が、
酒を飲みながら微笑む。

「りんご酒」そうかかれた酒は
金色の蜜のようにとろりと光る。
その光を与えているのは、
ベッドの横に置かれたまあるい光灯。
あかっぽいぼってりとした光が、
部屋には満ちている。

冬のきりきりに冷たい、風が吹きつける窓。
触れればきっとひやりと体温が抜けるだろう。
部屋の中は裸でいても、温かい。少しだけ肌寒い、
二人でいるように、できている。

「笑えって」
「なんでだ?いやだ」
「いやだじゃねーって。
笑えって。
酒のつまみないんだろ」
「ないが…
それで何故私が笑うんだ?」
「酒のつまみにするから」
ぐびっと、もう一度酒を飲む。
のんべぇで限りなく優しく、
それでいて強い人、
初めて信じられた、人間。

「酒のつまみとは…」
「いいから、笑えって。」
「私が笑っても、まずいぞ」
「わけわかんねーな」
げらげら笑う。
そっちが笑ってどうするんだ。

不意に真剣な顔になって、

「笑って欲しいんだよ。
お前の笑った顔
好きなんだ」

それは卑怯だと想う。

ぽけーっと見ていたら、
てはは、と照れたように笑った。

少し情けなくて
少し泣きそうで
少し笑いそうなそんな、
冷えたお湯のような、気持ちになる、

「………」

頬をこわばらせながらも、
なんとか笑うと、嬉しそうに、

本当に嬉しそうに、彼は笑った。

泣きたくなった。

「死にたい」
それが口癖だった。
私は「いじめ」られていた。
職場で。課長のセクハラ
(男に!笑ってしまう)
それを拒絶した時から。

死にたかった、ずっと死にたかった。

死にたい、と言いながら、
聞きたかった。

書類をシュレッダーにかけられた時、
ののしられた時、
仕事を全て取り上げられた時、

聞きたかった



なぁあんた、どう考えても
俺に死ねって
みんなしねって言ってるぐらい辛くて
でも生きたくて
生きたくて

生きたいんだ


いきてていいのか、なぁ



死にたい。誰かに否定されたかった
死ぬな、そういわれたかった、
みんな笑った、死にたいと言うたび
私が笑っていたから。

そう、そうなんだ。

流された言葉、流された心、


気がつくと、目じりからぼろぼろ
ぼろぼろ

なみだ、こぼれて

「彼」が微笑みながら
あんだ泣き虫といいながら、
ずるずる近づいて、
(シーツが引っ張られる、しわがくちゃくちゃになる)
頬に舌をはわせる、酒くさい。

一言言われたかった、

何度も聞きたかった

―生きてていいですか





おぼえている言葉、
彼が、死ぬなって、言ってくれた。


しんじゃだめだ。



生きたかった、だから、逃げたかった
死ぬほど生きたかった
死に逃げたかった、どうしても
逃げたかった


私の唇に、おとこの唇がひっついた。
あまっと避けるとんだよぉ、と言いながら、
ぐいっと人を押し倒した。

熱いぐらいの彼の皮膚がぴったり張り付く。

あのさーなんかさー
お前といるとすげー幸せなんだけども


そうか…


鼻をならすと、ちう、とキスされた、
しんじゃだめだよ、
俺が不幸になっちゃうからね


そんなこと言われて




、もし誰か死にたいと言ったら
きっと重いし
きっと自分だって精一杯なのに
なんでこいつ甘えてるんだって想うし
どうせ死ぬ気もないくせに、って想うだろうし

でもそれはさ

死にたくないって、


そう言ってて


だから



死にたくないって


聞いてあげて






ただ、生きていたくて

だけど、死にたくて

逃げたくて


彼に抱きしめられながら
強くなりたいと
ココロノソコカラ

そう願った





(神様、お金も名誉も地位もいらない)
(倒れない、つよさを下さい)



なにがあっても立ち直れるつよさを下さい。