いっぱいいっぱい好きなひと



ホモの噂

「なぁなぁあいつ、ホモなんだって、知ってた?」
悪友の細川が目を細めて、嬉しそうにささやいた、
親指でさされた先には、竹内が清々しい笑顔で、先生と話していた。
高校生の受験まっ最中には余裕のある顔で、
男たちには嫌われ、女の子には好かれるタイプ。
―谷山に告白したんだって。
谷山知ってる?2組の美少年、あれでももろ女好きだろ、
気色わるがっちゃって、竹内にもう二度と近づきませんっていう
誓約書書かせたらしいよ。
細川のよく動く唇を片隅で追いながら、
俺は竹内を見ていた。
そっか、竹内、ホモなんだ。そっか。
結構、勇気いることだよ、告白とかさ。
すごいなぁ。誓約書?ひどいことするな。
竹内、ホモなのかぁ。
「なぁ聞いてんの?」
細川がきげんわるそーに言った、
きげんわるそーに言う細川は幼く見える。
いつも結構年下に見えるんだけど、きげんわるそーにすると
余計幼く見える。
「はいはい、聞いてますよ、なにすねちゃまですか」
「すねちゃまって、おまえ、もー
しんじらんねぇ」
細川、本格的にすねよった。ぷいっと顔そむけてあっちいっちゃった。
ううーしまった。後でなんとかご機嫌取っとかないと、
三日間は怒ったまんまだ、うんうん、それはそーと竹内だ。

「あーホモ?」
竹内は、ぱち、ぱち、と二、三回まばたきして、
その時、気づいた。こいつまつげなげーの、すっげー綺麗な目、してんの。
女みたい。
「竹内、芝居やったらはえそうだよね。
綺麗な顔してさ」
「あー小江、からかってる?」
竹内が嬉しそうに笑った、
なんか台詞にあわねーの。
「なんでわらう?
いやじゃねー?からかわれんの」
「いやー」
「いやーってさ」
昼休みの鉄棒。
校庭の真ん中でサッカーやってて、少し危ない。
お日様にあっためられた鉄は、さびの匂いがする。
ここだけ少し陰ってる。
「あんまー、いやじゃないなー
小江、からかってるって感じじゃないし」
「からかってねぇよ、
俺、わりーな、結構簡単にいろいろ口にしちまうから、
不機嫌になったら言ってな」
「あはは」
うあ、かっわいいの。笑うとお日様が笑ったみたい。
「俺、ホモだよ」
少し、まじめな顔して、だけど口だけは笑顔を作って、竹内が言った。
「そっかー」
俺はうんうんと頷いて
「なんぎだな、そりゃ」
「んーなんぎ。
いろんなひとにいろいろ言われるし。
いいじゃん。ねぇ?人の趣味なんだから」
「ひどいこと言われた?」
「う」
いきなり、竹内が鉄棒に突っ伏した。
俺はすっげー慌てて、竹内の肩に触れるか触れないかのところで
手を泳がせた
「ど、どうした竹内」
「ひっでーの、みんなさー
言いたいこと言ってくの。」
そういや初めて。
と言って、竹内が起き上がる。
その目がちょっと湿ってて、俺は余計慌てた。
「た、竹内」
「小江、そんな風に聞いてくれたの、お前がはじめてだよ。」
あはは、って竹内が笑った。
たまんないの。
「あー、竹内」
「ん?」
「なんだ、その、お、おれもなぁ」
がっっごおおん、と音がした気がした、途端、目の前が真っ暗になって、
ぴーよぴよ、星飛んでるみたい。
背中に衝撃が走る。どっざあって音がして、
あ、これ、俺が倒れた音じゃん、うわ、
なにが起こった?
「こ、小江」
竹内が頭ぱーちくりんりんの俺の背中を支えた。
「平気か?おい、危ないな」
鼻がつんとする。
俺はあう、だか、わ、だか変な声を出した。
「すまん、おーすまん」
向こうから走ってくるのは、細川だ。
腕まくりして、ベビーフェースが、よけーベビーに笑ってる。
「ごめん、小江、
サッカーボール」
そうか、サッカーがあたったんだな。サッカーボールが。
「あっぶねぇなぁ」
せいぜい毒づいて、俺はくらくらと立ち上がった。
う、鼻が痛い。
「鼻血出てるよー、小江」
心配そうに竹内が言う。
「ふけよ」
そう言ってティッシュを俺にくれた。
「あんがと、おまえな、細川な、あぶねぇよ、人にあてんなよ」
ティッシュを丸めて鼻に突っ込む。
むうっとにらむと、細川が笑った。
「へーへー。悪かったよ、なあ、小江。
それよりお前、大丈夫?」
「ん、まぁ平気だ、サッカーボルぐらいでは負けないのだ!!!」
ぱーぱぱぱぱ、音がするみたいに、俺は仁王立ちをした。
どうだ、この勇士。
「そうじゃねーよ、ホモとしゃべったりして、
ホモ菌ついちゃうぜ」
嫌らしい笑いを細川が浮かべた。
同時に細川の後ろにいた男たちが笑いさざめく。
―けつほられちゃうぜ
―ほれられちゃうよ
―おおこわ
「やめろよ」
俺はなんかむかむかして言った。
見ると竹内は、視線を外して、隅っこを見ている。
「なんつっていいか分からんけど、
人好きになることに、悪いことはないだろ。
お前らだって女好きになるだろ。差別すんな」
「んーまぁなぁ」
「てかそれとこれって同じ?」
「なんだよ、小江、怒るなよ」
「小江は何?擁護派なわけ?」
しらけたような空気で、外野がぼつぼつ言った。
細川は少しきげんわるそーな、少しさぐるよーな目ぇして、俺を見てる。
「お前ら、この時代に、男とか女とか好きとかはれたとか、
あんま、かんけーねーじゃん。
人のこと傷つける奴より、愛する奴だろ、ハピー」
「わけわかんねぇ」
いきなりげらげらと細川が笑い出した。
「春の陽気であたまいかれたんじゃねー?小江。
それともまじホモに恋でもしてんの?」
「……」
俺は目を細めて、細川を見た。
ぎくっと細川が止まる。
「……嘘だよ。
怒んなよ、ったく大人ゲネーの」
ぶつぶつ言うながら、細川がボールを拾って、
「いくぜ」
外野がぞろぞろと彼についていく。
んー。細川も悪い奴じゃないんだが。
てか、あいつ俺がホモだって知ってるはずんなんだがなー。
「竹内」
声をかけると、竹内がちょっとぴくっとした。
そのまま少し、無言が落ちる。
竹内はぼんやり、鉄棒を見ている。赤紫のてつぼう。
竹内が何を考えているか、俺は知りたいと思た。
深く。
竹内の人差し指が、鉄棒の上を滑って、また戻る。
「ありがと。小江」
「ん?
あんま、気にすんな。
あいつらも、本気で言ってる訳じゃない、
だいたい、細川は人一倍ホモが嫌いなんだ」
「ええ、そうなの?」
「うん。
むかーし男に……ひどいことされて、それ以来嫌いなんだよ」
「そうなんだ」
竹内が、すうっと吸い込まれるように空を見た。
青い青い空、三つだけ雲が浮いてる。
「それはしかたないねぇ」
うん、仕方ない。竹内が笑って、腕を組んで、鉄棒の上に、頭をもたれかけさせた。
俺は思わず鉄棒をぎゅっと握って逆上がりした。
うん、仕方ないんだ。あいつのせいじゃない。
そのままおなかのところでぶらぶら揺れる。引力が気持ちがいい。
「俺もさーホモだから」
やっと言えた。いくじなしには上出来だ。心がどきどき言った。手がちょっと汗ばんだ。
「ホモだから」
もっぺん言って、もっぺん回る。ぐるり。世界が消えて、また空が見える。
下から竹内を見上げると、ちょっとぽかんとした顔で、俺の顔を見ていた。
「そんな見るなよ、照れちまうぜ」
「……そっか」
「うん」
「……言わないよ」
「うん?」
「絶対誰にも言わない」
「……」
言ってもいいんだけどな。
もう絶対ばれたくないと想っていた人にはばれてしまっているし。
差別されんのも、結構慣れてる。
なにせそう言う目で見ている人、父さんと何ヶ月か暮らしたから―
「言ってもいいよ、竹内」
ぐるり。空が消えて、校庭の風景。
サッカーをしている細川、髪なびかせて、嬉しそうに。
相手チームのゴールに今、この瞬間細川がゴールを決めた。
わあっと沸く、歓声。細川がガッツポーズをして、
なにかを叫ぶ。
ここだけ、空間が切り取られたように、寂しい。
校舎の影に深く埋没し、光から遠ざけられた
密やかで、たっぷり、静けさのつまった空間。
「うん、言ってもいい」
「言わないよ」
竹内がくすっと笑った。
「小江、好きな人いる?」
蜂蜜がとろけたような目で、竹内が聞いた。
そーゆう目、しない方がいいよ。誘ってるって想われるから。
そう言ったら、くすくす笑われた。

( 1 / 10 ページ) Prev < Top > Next