ななう



いえ

ひと月もすると、僕もサークルにだいぶなれた
1回目の温泉旅行の後、
僕のうちにみながくることになった時のことだ
「ねー!!孔一、お茶入れてよ」
座り込んで話があったまった頃、七愛が唐突に声をあげた
「あ、わかった」
「七愛、図々しいぞ」
「いいじゃん。もてなしてよ、ね、孔一」
上目づかいに僕を見上げる
サークルに入ってから、僕はずっと七愛を見ていたと思う
七愛の表情一つ一つが、あんまりいきいきとしていて、かわいらしくて、
僕はもうずっとずっと夢中だった
「うん、なにがいい?コーヒーと紅茶があるけど」
「僕ココアがいー、ココアないの?」
「あ、じゃ、ちょっと買いにいくよ」
「そこまですることないよ、孔一」
「あ、僕も行こうかな」
うるが立ち上がりかける
それを手で制して、湯島が立ち上がった
「しゃーないな、七愛、おとなしくしてろよ」
「ええー湯島もいっちゃうの?」
「ああ」
「いいよ、湯島、ぼくひとりで」
「いいから」
なんだか湯島は怒っているみたいだった
とにかく僕らは外に出た

孔一たちが出て行った後、
七愛は物珍しげにあたりを見渡した
「だっさい部屋」
「なんてこと言うんだ、七愛」
「たんさーく」
「ちょっ七愛!!!」
七愛が孔一のベッドの下を覗き込んだ
「うわ、まじであるよ、あほだねあいつ」
「七愛!!やめろよ」
隠すようにおいてあった本をとって、
ベッドの上に放る
男性同士の絡みを描いたアダルト雑誌だった
「……!!!!」
うるが絶句する
「うわーーーーーーきもーーーーーー
なにこいつ、ホモなわけ?」
「七愛…!!だめだよ、もとにもどして」
「こう!?こうなってんのかな、ひええ、きしょ」
げらげら笑いながら、七愛が本の写真通りに、
うるを押し倒した
「ちょっ……七愛!!」
「こここうやって…、触ってんのかな」
「どこさわってっ七愛!!やめろよ!!」
「あいつ、ずっと俺のこと見てんの、すげー笑える
絶対俺でおなってるぜ
きしょいーーーーーーー」
たまらないようにけらけらとあざ笑う
うるが顔をしかめて、怒鳴った
「七愛!!人の趣味は人それぞれだろっ
僕の友達をそんな風に言うなっ」

その時孔一が入ってきた

見た瞬間、思考が停止した
目の隅っこで、湯島が息をのむのが見えた
七愛がうるを押し倒していて、
ベッドの上によく見た雑誌がのっている
七愛の手は、うるの下半身にのびている
「え…、あ…、」
よろっとよろめく
「そゆ…、こと?え…、」
一回手で顔をおおって、もう一度光景を見る
混乱しすぎて、自分で何を言っているかわからない
「七愛…、うると…、つきあってたの?」
「はああ?なにいってんの?ホモはあんただけでしょ」
混乱に上乗せされて、僕は青ざめるのを感じた
ホモ?え?
「きっしょいよねーこんな雑誌読んで
あとさー俺のことじっと見たりとかしないでくれない?
ほもってるのは結構ですけど、きもいんだよあんた」
「七愛!!!」
湯島が大きく口をあけた
すべてを聞く前に、僕は逃げ出した
何が起こっているのか、わからなかった
頭がくらくらした

「七愛!!!」湯島が叫ぶ
孔一がどたどたと走り去った
目の前が見えていないのか、あちらこちらにぶつかっていく
「孔一!!」それを湯島が追った
七愛は馬鹿にしたように見ていた
その首根っこをつかんで、うるが七愛をひきよせた

うるの手が振り下ろされるように持ち上がる
「あ?あんた俺のこと、ひっぱたく気?」
その目を見た時、うるは何かを悟りかけた
なぜ七愛が孔一を馬鹿にする行動をとるのか、
なぜ孔一は七愛を好きになったのか
七愛の目は、何も信じていないような、孤独な光を帯びていた
そのくせ泣きそうな顔になっていて、
例えばここでうるが七愛をたたいても、
彼はなんの驚きも感じないだろう、泣くかもしれないけれど。
七愛は、人を信じていないのかもしれない
上げた手をそろそろおろして、こぶしを作る
「孔一を馬鹿にするな」
「…、あんたもホモ仲間?なのかなーなーんて」
七愛がははは、と笑う
それをじっと睨みつけると、笑みをやめた
「わかってるよ…、言い過ぎた、後であやまる」
「うん」
うるはほっとした
二年近く、七愛とつきあっているとわかる
生意気な口調だけど、七愛は芯は悪いやつではない
七愛が悪いと思っているなら、孔一の傷も癒えるだろう
「それで?」
「え?」
七愛があぐらをかいた
のぞき込むように、うるを見る
「孔一が好きなの?」
「え」
とたんにうるは真っ赤になった
慌てて手を振る
「す、好きっていうか」
「すきなんだ」
真っ赤になっていたから、うるは気づかなかった
七愛の寂しそうな目の色に
「う、うん」
首を振って
「きしょいかな…」
「あんたはきしょくないよ」
七愛があーあ、と言って、倒れ込んだ
うるの足に顔をのせる
「なにやってんだよ」
「うるも大変だなぁ、あんなにぶそうな人にほれて」
「うぐぅ」
くるくるとうるは頭をまわした
真っ赤になっている
「あ、あやまりにいこうよ、七愛」
「はいはい、あーあ」

飛び出した後、闇雲に走って、走って、
いつの間にか公園についていた
未だ足を緩めず、ぜいぜいと息をつく、
七愛の声が耳を舞っている
涙がほほをつたっていた、
その肩を誰かがつかんだ
「孔一!!!」
「あっ!!!!」
振り返ると、湯島が真剣な顔でたっていた
「あっぐっ」
とたんに恥ずかしくなって、顔をそむけて、手でぬぐった
「な、んだよっ、からかいにきたのかよっ」
「違う!!!…、平気か?」
「平気じゃない!!うるさい!!」
「鼻水でてんぞ、かめ」
湯島がティッシュをくれる
僕はしゃっくりをすすりながら、それを一枚とった
「き、きしょいか、僕、きしょいか、やっぱり」
ずるずると座り込む
ち-んっと鼻をかむと、湯島がまた真剣な声で、つぶやいた
「きしょくないよ、だいたい俺だって、ホモだろ」
「え!!?」
僕は顔を上げた
嘘ではない証拠に、深い色の瞳が、じっと見ている
「ほ、ほんと」
「うん、本当、うちの大学、多いよ」
湯島が僕を覗き込む
そのまっすぐな視線に、僕はおたおたしてしまって、目を泳がせる
なにやってんだ、これじゃ、僕が嘘ついているみたいじゃないか
「七愛を狙うのはよせよ」
湯島がささやく
なんだか半端に甘いような声で
「そ、そんなこと、言われる筋合い、ない」
「あるよ、見てて痛々しいんだ、やめろよ」
「わかるもんかっ!!!」
僕は立ち上がった
かあっと顔に血がのぼるのがわかった
「こんだけ好きになっちゃったらっはいそうですかって
やめるなんてできないよ!!!
どうしたらいいんだよ!!!」
「…怒るなよ」
ふ、と湯島が笑った
「お前はかわいいから、すぐに次が見つかるよ」
「変なこと言うな!!」
「いや、本気で」
「ばかにするな!!!」
「ばかにしてたらどうだ?」
「本気で怒るぞ!!!」
「いいよ、怒れ」
「へ!?」
いいよ、なんて言われて、僕は戸惑う、
「そ、そんなこと言われても」
「どうした、怒れよ、なんなら俺でよければ殴ってもいいぞ」
「そんなことできないよ!!」
「じゃあものにあたるとか」
「やっちゃいけないんだぞ!!」
「そうだな」
がさがさ、と、湯島はビニール袋から、
かんいりのホットココアをとりだした
そういえば、これが目的だった
「飲めよ」
「でもこれ七愛の」
「また買えばいいさ」
ちょっとだけ躊躇しながら、僕はそれを手に取った
温かかった
いつまでも持っていて、もじもじしている僕の手の上から、
湯島がそれをあけようとする
「さっさとあけろよ」
「いいって!!いいよ!!!」
「のめって、命令だぞ」
「むーーーーー!!!」
もうやけになって、僕はそれをあけた
ぷしっと軽い音がする
ごくごくごくーっと一気に流し込む
ちょうど冷えていて、おいしかった
「落ち着いたか?」
湯島が妙に優しい瞳で聞いてくる
まったく
落ち着いたもあったもんじゃない
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