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2004
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いっぱいいっぱい好きなひと
夜の約束
きぃーんかん、とチャイムが鳴った。
「あいーあいあいあ」
うどんをかっこんでいた俺はいそいで口を拭うと、
箸を置いて立ち上がった。
小さな机がきしきし揺れる。
とてとてとてと走って行くと、
待ちきれなかったのか、きんかん、きんかん、きんかん、と何度もチャイムが鳴る。
「わーかったって」
こういうことするやつは一人しか知らない。
「細川、ごめん、ごめん」
ドアをあけると、はたしてむすうっとした細川が立っていた。
きゅーばれみーむーん
きゅーばれみーむーん
ふぉーるちおらす、あい、らにぃ
深く沈み込むような静かな男の歌声が部屋に流れてる。
細川は来ると、いつもこれと決まったCDを、流してくれと言う。
さっきっから俺の肩にもたれかかって、
目をつぶってさざ波のようなその声に浸ってる。
その重さが、あんまりに安心しきってるから、
俺は少し、悲しくなる。
雨が降っていたらしい、細川の髪の毛は少し濡れそぼって、
いつもは茶色に光っているそれが、少し焦げ茶になっている。
撫でると湿った感触が手に残った。
「ほそかわー、またいえでしたの?」
歌声を壊さないように、つぶやくと、細川が、うん、と顔だけでうなずいた。
「パパ、しんぱいするんじゃない?」
んーん。
「また、めちゃくちゃなことされたの?」
うん。
細川の「パパ」は演劇の脚本家らしい。
曰く「奇抜すぎてついていけない」人で、
「俺を溺愛するあまり、ひどいことをする」らしく
「たまに家出してやらないと依存してだめ」らしい。
パパのことをしゃべる細川はそれでも甘えてるような顔になる。
パパのひどいことって、つまり?
つまりさーキスしたり、いきなり抱きついて来たり、
俺の交友関係にねほりはほり聞いて来たり。
ぶつぶつ細川は言った。
いやんなっちゃう。
笑ってしまった。細川はほんとに、ベビーフェースに似合った性格だ。
といったら殴られたっけ。
「小江?」
「ん?」
「まだずっとずうっと髪の毛のばすの?」
細川が、胸の上に垂れていた俺の髪の毛に手を絡ませた。
学校とかではしばっているけど、家ではそのまんまだ。
黒い髪の毛が、細川の白い華奢な手にさらさら流れる。
「もうちょっと」
「小江、長髪似合うからいいな」
「細川は長髪好きなの?」
「うん、小江のは好きだよ」
くすぐったいな。こういう、ほんわかした、細川との時間。
俺が一番大事にしてんの、知らないんだろ、細川。
ふと、細川のほっぺがころっと、ふくらんで
また戻る。
「ホソカワ?」
「ん?」
「口になにいれてんの?」
「あ”め”」
「あめ?」
「ん」
ころころと、細川がそれを転がせる。
「ちょーだい」
細川のほほに近づいて、
唇を割って、舌をさしいれた。
「ん”」
細川がびくっとする。細川の唇の中は、温かく湿っていて、甘い。
くちゅくちゅ、舌でかきまわしてあめを探す。
細川が舌で、オレンジの味がするあめをからませてきた。
ゆっくり絡み合いながら、あめをころがす。
細川のあったかいぬくもり。
細川の息づかい。
そういう「約束」でした。
約束っつうのも変だけど。
俺をホモだと知った時、細川が、言ったことば。
俺をにらみつけて、挑むように言った。
―れんしゅうさせろ
―れんしゅう?
―ほもなら、おとこときすしてもいいだろ、
おれ、おんなときすすんのなれてないから。
れんしゅうさせろ
―ええー
―ええーじゃない、そうしないと、ばらすぞ
それ以来、なにかにつけ、一日一回はキスするようになった。
俺が忘れて―忘れたふりしてキスしないと、細川はむちゃくちゃ機嫌悪くなるんだ。
細川はホモを憎んでる。
これもその復讐の一つなのかな。
そうかも。胸が、しくしく痛む、こんな風に。
最後までころがしていた。
あめは甘く甘く、溶けながら細川と俺の舌の上で消えていった。
最後に細川の舌をちゅうっと吸って、はなれると
細川がぼうっと熱に浮かされた顔をして、指で唇を触った。
俺はその様子に微笑んで、
「あんがと」
「ん。どいたしまして」
やっとふんわりと細川が笑う。
俺はほっとした。今日一日機嫌悪かったから、
ちょっとはらはらしてたんだ。
もう一回、細川が俺の肩に頭をあずける。
あのさ、細川さ、別に俺はいいんだけど
いやよくないんだけど、こんな風にされると、
こんな風に、キスして、寄りかかられると。
俺、お前に好かれているのかと想っちまう。
「細川、あんまりこんな風に無防備だと、
誘ってるって想われるよ」
「さそってねーもん」
「いやさそってなくてもさー」
「実春(みはる)」
「ん?」
「……竹内とたのしそーに話してたな、おまえ」
いきなり、ふきげんそーな声を、細川が出した。
んん?
「んーなんつの?
親近感っつーか、なんつーか。
おまいさ、ホモ嫌いでも、
あんまいじめるなよ、
俺ら結構必死でいきてんだからさ」
「しらん」
「しらんてさー」
ひっでぇのー。
もうしょうがないなー
笑うと、細川が俺をぎゅっとにらんだ。
「たけうちなんかと話してると、
ホモってばれるぞ」
「あー、俺ばれてもいいし」
「よくないだろ」
「よくなくないよ」
「……」
「どったの?
なにいらいらしてん」
「ホモめ」
「ホモだもん」
「ゲイめ」
「ゲイだもん」
「おまえなんか猿になっちまえ」
とうとう細川はぷいっとそっぽをむいてしまった。
俺は焦る、なに怒ってんだ、このひとは。
「ほそかわー」
「……」
「ゆずるちゃん」
「……」
「機嫌なおして」
「……しらん」
「なに怒ってんだよー」
「しらん、薄情者」
「なぁに怒ってんだって」
やあっっと、細川を床に押し倒す。
薄い青と緑のしましまの絨毯に、細川の短い茶髪がさらさら絡まる。
ふきげんそーな顔で、細川は俺を見上げた。
ちょっと泣きそうな顔してる。
あれ。なんでだろ。
「おこんなよ」
ちゅっと軽くちっすすると、細川が視線を外した。
まずい、本格的に怒ってる。どうしたんだろ。
「細川、ほんとに、なに怒ってるんだ?」
ちょっとマジになって聞いてみる。
俺、こいつを傷つけるようなこと、なんかしたんだろうか。
「俺が悪いことしたのか?
謝るから、なにしたか、教えてくれ、
原因が分かんないよ」
「にやにやして」
視線を外したまま、細川がつぶやく。
にやにや?
「にやにやーって、
俺、細川のこと、にやにや見てた?
嫌らしい目で?」
「そうじゃない!!」
細川が、きっと俺をにらみつけた。
「竹内のことだ!!」
「たけ……」
絶句してしまう、竹内?なんでまたあいつが出てくるんだ?やけにこだわってるな。
細川はなんだか涙がにじみそーなほど、うるうるした目でせいいっぱい俺をにらんでる。
うーむ。なんだか、嫉妬されているように想えて、少しドキドキする。
違う。細川は、ホモが嫌いだし、俺はホモだし、好かれることはないし。
ああ、そうか。
「俺が、ホモっぽいことすると、細川、やなのか」
「……」
「そっかーごめんな、安心しろよ、細川には絶対手ぇ……ださないからさ」
うん、きっとそうなんだ。
ちくっと胸が痛んだ。このまま手を出さないでいること、できるかな、俺。
言いながら、不安になる。
いいこいいこ、と撫でると、細川がぶぜんとした、でもちょっと赤らんだ顔で、
ばか、とつぶやいた。
ごめん、ごめんなさい、と言って、きゅうっと抱きしめる。
「ごめんね」
ささやくように言うと、細川はくすぐったそうに肩をすくめた。
細川ホモ嫌いなのに、抱きしめると落ち着くんだ。いつもそう。
きっとスキンシップに弱いんだな。
「俺も……悪い、かも」
急に、細川が、すっごく小さな声でそう言った。
ごめんなさい。
落ち着いたら、そう想ったんだろう。
怒った後にすぐ反省するのも、細川の特徴。
「ん、いいよ、わるくないよ」
いじらしさに細川のほほに唇をよせると、細川がキスして来た。
応じながらもうちょっと強く、抱きしめる。
俺にこういうことされるの、いやじゃないの?
キスとか、抱きしめるとか、そういうことさ。
一回聞いたことある。
細川はうん、とうなずいて、
いや。と言った。
うーやっぱいやなんだ。ちょっと悲しくなると、細川は
でもおまえだったらいいよ、
俺は許すよ。
ゆるすー?てか、細川が練習したいっちうたんじゃん。
いやなら練習やめる?
だから、おまえだったらいいっていってんの。
?よくわかんねぇ。
いいんだよ、お前はちゅうちゅうしてりゃいいの。
あれもこんな風に細川が訪ねて来た日。
一緒に布団に入って寝たから、よく覚えてる。
いくら好きでも決して手を出しちゃいけない、人。
なんかつらいよなー。
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きぃーんかん、とチャイムが鳴った。
「あいーあいあいあ」
うどんをかっこんでいた俺はいそいで口を拭うと、
箸を置いて立ち上がった。
小さな机がきしきし揺れる。
とてとてとてと走って行くと、
待ちきれなかったのか、きんかん、きんかん、きんかん、と何度もチャイムが鳴る。
「わーかったって」
こういうことするやつは一人しか知らない。
「細川、ごめん、ごめん」
ドアをあけると、はたしてむすうっとした細川が立っていた。
きゅーばれみーむーん
きゅーばれみーむーん
ふぉーるちおらす、あい、らにぃ
深く沈み込むような静かな男の歌声が部屋に流れてる。
細川は来ると、いつもこれと決まったCDを、流してくれと言う。
さっきっから俺の肩にもたれかかって、
目をつぶってさざ波のようなその声に浸ってる。
その重さが、あんまりに安心しきってるから、
俺は少し、悲しくなる。
雨が降っていたらしい、細川の髪の毛は少し濡れそぼって、
いつもは茶色に光っているそれが、少し焦げ茶になっている。
撫でると湿った感触が手に残った。
「ほそかわー、またいえでしたの?」
歌声を壊さないように、つぶやくと、細川が、うん、と顔だけでうなずいた。
「パパ、しんぱいするんじゃない?」
んーん。
「また、めちゃくちゃなことされたの?」
うん。
細川の「パパ」は演劇の脚本家らしい。
曰く「奇抜すぎてついていけない」人で、
「俺を溺愛するあまり、ひどいことをする」らしく
「たまに家出してやらないと依存してだめ」らしい。
パパのことをしゃべる細川はそれでも甘えてるような顔になる。
パパのひどいことって、つまり?
つまりさーキスしたり、いきなり抱きついて来たり、
俺の交友関係にねほりはほり聞いて来たり。
ぶつぶつ細川は言った。
いやんなっちゃう。
笑ってしまった。細川はほんとに、ベビーフェースに似合った性格だ。
といったら殴られたっけ。
「小江?」
「ん?」
「まだずっとずうっと髪の毛のばすの?」
細川が、胸の上に垂れていた俺の髪の毛に手を絡ませた。
学校とかではしばっているけど、家ではそのまんまだ。
黒い髪の毛が、細川の白い華奢な手にさらさら流れる。
「もうちょっと」
「小江、長髪似合うからいいな」
「細川は長髪好きなの?」
「うん、小江のは好きだよ」
くすぐったいな。こういう、ほんわかした、細川との時間。
俺が一番大事にしてんの、知らないんだろ、細川。
ふと、細川のほっぺがころっと、ふくらんで
また戻る。
「ホソカワ?」
「ん?」
「口になにいれてんの?」
「あ”め”」
「あめ?」
「ん」
ころころと、細川がそれを転がせる。
「ちょーだい」
細川のほほに近づいて、
唇を割って、舌をさしいれた。
「ん”」
細川がびくっとする。細川の唇の中は、温かく湿っていて、甘い。
くちゅくちゅ、舌でかきまわしてあめを探す。
細川が舌で、オレンジの味がするあめをからませてきた。
ゆっくり絡み合いながら、あめをころがす。
細川のあったかいぬくもり。
細川の息づかい。
そういう「約束」でした。
約束っつうのも変だけど。
俺をホモだと知った時、細川が、言ったことば。
俺をにらみつけて、挑むように言った。
―れんしゅうさせろ
―れんしゅう?
―ほもなら、おとこときすしてもいいだろ、
おれ、おんなときすすんのなれてないから。
れんしゅうさせろ
―ええー
―ええーじゃない、そうしないと、ばらすぞ
それ以来、なにかにつけ、一日一回はキスするようになった。
俺が忘れて―忘れたふりしてキスしないと、細川はむちゃくちゃ機嫌悪くなるんだ。
細川はホモを憎んでる。
これもその復讐の一つなのかな。
そうかも。胸が、しくしく痛む、こんな風に。
最後までころがしていた。
あめは甘く甘く、溶けながら細川と俺の舌の上で消えていった。
最後に細川の舌をちゅうっと吸って、はなれると
細川がぼうっと熱に浮かされた顔をして、指で唇を触った。
俺はその様子に微笑んで、
「あんがと」
「ん。どいたしまして」
やっとふんわりと細川が笑う。
俺はほっとした。今日一日機嫌悪かったから、
ちょっとはらはらしてたんだ。
もう一回、細川が俺の肩に頭をあずける。
あのさ、細川さ、別に俺はいいんだけど
いやよくないんだけど、こんな風にされると、
こんな風に、キスして、寄りかかられると。
俺、お前に好かれているのかと想っちまう。
「細川、あんまりこんな風に無防備だと、
誘ってるって想われるよ」
「さそってねーもん」
「いやさそってなくてもさー」
「実春(みはる)」
「ん?」
「……竹内とたのしそーに話してたな、おまえ」
いきなり、ふきげんそーな声を、細川が出した。
んん?
「んーなんつの?
親近感っつーか、なんつーか。
おまいさ、ホモ嫌いでも、
あんまいじめるなよ、
俺ら結構必死でいきてんだからさ」
「しらん」
「しらんてさー」
ひっでぇのー。
もうしょうがないなー
笑うと、細川が俺をぎゅっとにらんだ。
「たけうちなんかと話してると、
ホモってばれるぞ」
「あー、俺ばれてもいいし」
「よくないだろ」
「よくなくないよ」
「……」
「どったの?
なにいらいらしてん」
「ホモめ」
「ホモだもん」
「ゲイめ」
「ゲイだもん」
「おまえなんか猿になっちまえ」
とうとう細川はぷいっとそっぽをむいてしまった。
俺は焦る、なに怒ってんだ、このひとは。
「ほそかわー」
「……」
「ゆずるちゃん」
「……」
「機嫌なおして」
「……しらん」
「なに怒ってんだよー」
「しらん、薄情者」
「なぁに怒ってんだって」
やあっっと、細川を床に押し倒す。
薄い青と緑のしましまの絨毯に、細川の短い茶髪がさらさら絡まる。
ふきげんそーな顔で、細川は俺を見上げた。
ちょっと泣きそうな顔してる。
あれ。なんでだろ。
「おこんなよ」
ちゅっと軽くちっすすると、細川が視線を外した。
まずい、本格的に怒ってる。どうしたんだろ。
「細川、ほんとに、なに怒ってるんだ?」
ちょっとマジになって聞いてみる。
俺、こいつを傷つけるようなこと、なんかしたんだろうか。
「俺が悪いことしたのか?
謝るから、なにしたか、教えてくれ、
原因が分かんないよ」
「にやにやして」
視線を外したまま、細川がつぶやく。
にやにや?
「にやにやーって、
俺、細川のこと、にやにや見てた?
嫌らしい目で?」
「そうじゃない!!」
細川が、きっと俺をにらみつけた。
「竹内のことだ!!」
「たけ……」
絶句してしまう、竹内?なんでまたあいつが出てくるんだ?やけにこだわってるな。
細川はなんだか涙がにじみそーなほど、うるうるした目でせいいっぱい俺をにらんでる。
うーむ。なんだか、嫉妬されているように想えて、少しドキドキする。
違う。細川は、ホモが嫌いだし、俺はホモだし、好かれることはないし。
ああ、そうか。
「俺が、ホモっぽいことすると、細川、やなのか」
「……」
「そっかーごめんな、安心しろよ、細川には絶対手ぇ……ださないからさ」
うん、きっとそうなんだ。
ちくっと胸が痛んだ。このまま手を出さないでいること、できるかな、俺。
言いながら、不安になる。
いいこいいこ、と撫でると、細川がぶぜんとした、でもちょっと赤らんだ顔で、
ばか、とつぶやいた。
ごめん、ごめんなさい、と言って、きゅうっと抱きしめる。
「ごめんね」
ささやくように言うと、細川はくすぐったそうに肩をすくめた。
細川ホモ嫌いなのに、抱きしめると落ち着くんだ。いつもそう。
きっとスキンシップに弱いんだな。
「俺も……悪い、かも」
急に、細川が、すっごく小さな声でそう言った。
ごめんなさい。
落ち着いたら、そう想ったんだろう。
怒った後にすぐ反省するのも、細川の特徴。
「ん、いいよ、わるくないよ」
いじらしさに細川のほほに唇をよせると、細川がキスして来た。
応じながらもうちょっと強く、抱きしめる。
俺にこういうことされるの、いやじゃないの?
キスとか、抱きしめるとか、そういうことさ。
一回聞いたことある。
細川はうん、とうなずいて、
いや。と言った。
うーやっぱいやなんだ。ちょっと悲しくなると、細川は
でもおまえだったらいいよ、
俺は許すよ。
ゆるすー?てか、細川が練習したいっちうたんじゃん。
いやなら練習やめる?
だから、おまえだったらいいっていってんの。
?よくわかんねぇ。
いいんだよ、お前はちゅうちゅうしてりゃいいの。
あれもこんな風に細川が訪ねて来た日。
一緒に布団に入って寝たから、よく覚えてる。
いくら好きでも決して手を出しちゃいけない、人。
なんかつらいよなー。