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いっぱいいっぱい好きなひと
ほんとは
放課後の教室。
ぼんやりとけむったい夕日が、
部屋の中を薄いオレンジに染めている。
さっき小雨が降っていた。
春も間近、暖かい湿った空気の中で
俺は教科書をいれた鞄を、ぽてぽてと下げながら、
2組に向かった。なんの他意があったわけじゃない。
心にかすかに沈む、竹内をふった「たにやま」のいる教室を
ちょっと見たかっただけだ。
竹内のホモっていう噂はやっとなりを潜めた。
いや、潜めたと言っても、
奥底ではやはりくすぶり続けていて、
何かにつけて、火を噴く。
竹内はそれでも元来、人のいい性格で、
友達も結構多いから、いじめにはつながっていないけれど。
今日も男子たちにやいのやいの言われていた。
俺が止めるとやめるぐらいだから、
やつらもあんまり執着はしてないようだけど。
細川はあれ以来、竹内をからかうことはしていないけれど、
竹内と俺がしゃべっていると、きげんわるそーにじゃましてくる。
先生が呼んでいた、とか、話があるからこっちこい。とか
へたっぴな嘘ついて。
うーどう考えても焼いているとしか想えないんだが、
そんなわけないよなー。
2組の部屋をちらりと覗くと、
窓の枠によりかかって、谷山が夕日を見ていた。
こちら側の体半分、濃い紫の影。
手でささえた清涼感のある、ハンサムな顔立ちが、夕日に照らされて
幻想的でさえある、一枚の絵のような風景だった。
そっと近づいていって、よお、と声をかけると、
谷山はちょっと俺を見て、よお、と返した。
そのまま隣に立って、夕日を見る。
ここからだと、森林公園の森に差し込む光に
縁取りが輝き、森が浮き立つように溶け込んでいる。
「たばこ、持ってない?」
谷山がじっとそれを見つめながら、
俺に言った。
「なに、谷山、タバコなんて吸うの?
まずいぜーあれ」
「ん……、いや、吸ったこと無い。」
何を考えているのか、少し笑って
「小江、なんかよう?」
「ああ、俺のことしっとんの?」
「有名じゃん。強いんだって?」
「つよいー?」
「よくするんだろ、けんか」
「ああ?」
なんだよー、俺そんなイメージなわけ?
ちょっと悲しいぜー。とかなんとかぶちぶち言うと、
谷山はけたけた笑った。
「やっぱ湾曲されてんだ」
「湾曲?」
「人に対する人のイメージは湾曲され伝わる物である」
「難しいこと言うな、お前」
「実感から来る思想ですよ」
谷山が、ポケットから100枚入りのペーパーミントボックスを取り出した。
「噛む?」
「ん、あんがと」
紙石けんのようなペーパーミントを一枚もらい、口に入れて、溶かす。
刺激のあるミントの香りが口いっぱいに広がる。
「にげー」
「あはは」
谷山もそれを一枚噛んで、くちゅ、と溶かした。
「小江、竹内のこと聞きに来たんだろ」
「あーうー」
そーじゃないんだが、そ-でもあるし、
いやどーだろう、なんていうか。
「なんとなく、谷山の顔、見たかっただけ。
好奇心だよ、失礼な奴だな、考えると。
ごめん」
「自己完結するなよ。」
あはは、と谷山が笑った。
「竹内から聞いてる。
ホモだってからかわれると、小江がかばってくれるって」
「へえ」
意外だった。
「竹内と谷山、仲いいわけ?」
細川やその他が言う噂では、
谷山が竹内をふって、谷山は誓約書を書かせたって。
「俺とあいつ、幼なじみだから。
家近いんだ」
谷山が、目線を俺から夕日にうつす。
ぽつり、ぽつりと星が灯り、
空のはしは群青に沈んでいる。
「むかしっから、おれのことたーちゃんたーちゃん言ってさ
可愛かったぜ、ほっぺ真っ赤にして俺のこと探すんだ
見つからないと泣いちゃうし、
俺いっつも隠れては泣かせて、いじめてた」
谷山が、うん、と伸びをして、窓をがらっとあけた。
さあっと、湿った風が入る。
「あいつさ、バカだから、俺が女とつるんでる時に、
真っ赤な顔して、俺のこと好きだって言って来やがってさ。」
谷山の顔をずっと見ていた。
谷山は、「あいつ」というとき、少し和んだ目をした。
「あいつ」と愛しそうにつぶやいた。
俺は、何か重大な勘違いをしているのかもしれない。
「俺がなにか言う前に、女どもが騒いじゃって。
その場はなぁなぁで抑えたんだけど、
後で女どもがあいつんとこ行って、いろいろ言ったらしい」
谷山のポーカーフェースな顔が、少し苦々しげに、歪んだ。
「小江、噂じゃなんて聞いてる?」
「……、あてになんねーのな、
谷山が竹内ふって、
『もう近づきません』っていう誓約書書かせたって」
「女どもが書かせたんだ。
嬉しそうに俺に見せて来たから、破って怒ったら
ぎゃーぎゃー言って。
はらいせに、噂まき散らしたみたいだな」
ふう、と谷山がため息をついた。
「竹内と俺、多分つきあうようになるよ」
「……そっか」
「竹内が遠慮しちゃって、俺のこと避け気味だからそれなんとか
しないといけないけどな」
「うんうん」
俺は自然と微笑んでいた。なんだ。よかった。
よかった。
「小江、お前もホモだろ?」
「ん?ああ、そーだけど、なんで?」
「竹内があやしーこと言うから、はっぱかけたら、
慌てて『違うよ、小江君はホモじゃないよ』って聞いてもいないのに。
あいつ、バカなのな、分かりやすい」
くすくすと谷山が笑った。
「ありがとな、小江」
「なにが、俺なんもしてねーよ」
「いろいろだよ、いろいろ」
くすくす、くすくす。谷山は心底安堵しているように、笑って、
そんで、しばらく二人で夕日を見ていた。
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ぼんやりとけむったい夕日が、
部屋の中を薄いオレンジに染めている。
さっき小雨が降っていた。
春も間近、暖かい湿った空気の中で
俺は教科書をいれた鞄を、ぽてぽてと下げながら、
2組に向かった。なんの他意があったわけじゃない。
心にかすかに沈む、竹内をふった「たにやま」のいる教室を
ちょっと見たかっただけだ。
竹内のホモっていう噂はやっとなりを潜めた。
いや、潜めたと言っても、
奥底ではやはりくすぶり続けていて、
何かにつけて、火を噴く。
竹内はそれでも元来、人のいい性格で、
友達も結構多いから、いじめにはつながっていないけれど。
今日も男子たちにやいのやいの言われていた。
俺が止めるとやめるぐらいだから、
やつらもあんまり執着はしてないようだけど。
細川はあれ以来、竹内をからかうことはしていないけれど、
竹内と俺がしゃべっていると、きげんわるそーにじゃましてくる。
先生が呼んでいた、とか、話があるからこっちこい。とか
へたっぴな嘘ついて。
うーどう考えても焼いているとしか想えないんだが、
そんなわけないよなー。
2組の部屋をちらりと覗くと、
窓の枠によりかかって、谷山が夕日を見ていた。
こちら側の体半分、濃い紫の影。
手でささえた清涼感のある、ハンサムな顔立ちが、夕日に照らされて
幻想的でさえある、一枚の絵のような風景だった。
そっと近づいていって、よお、と声をかけると、
谷山はちょっと俺を見て、よお、と返した。
そのまま隣に立って、夕日を見る。
ここからだと、森林公園の森に差し込む光に
縁取りが輝き、森が浮き立つように溶け込んでいる。
「たばこ、持ってない?」
谷山がじっとそれを見つめながら、
俺に言った。
「なに、谷山、タバコなんて吸うの?
まずいぜーあれ」
「ん……、いや、吸ったこと無い。」
何を考えているのか、少し笑って
「小江、なんかよう?」
「ああ、俺のことしっとんの?」
「有名じゃん。強いんだって?」
「つよいー?」
「よくするんだろ、けんか」
「ああ?」
なんだよー、俺そんなイメージなわけ?
ちょっと悲しいぜー。とかなんとかぶちぶち言うと、
谷山はけたけた笑った。
「やっぱ湾曲されてんだ」
「湾曲?」
「人に対する人のイメージは湾曲され伝わる物である」
「難しいこと言うな、お前」
「実感から来る思想ですよ」
谷山が、ポケットから100枚入りのペーパーミントボックスを取り出した。
「噛む?」
「ん、あんがと」
紙石けんのようなペーパーミントを一枚もらい、口に入れて、溶かす。
刺激のあるミントの香りが口いっぱいに広がる。
「にげー」
「あはは」
谷山もそれを一枚噛んで、くちゅ、と溶かした。
「小江、竹内のこと聞きに来たんだろ」
「あーうー」
そーじゃないんだが、そ-でもあるし、
いやどーだろう、なんていうか。
「なんとなく、谷山の顔、見たかっただけ。
好奇心だよ、失礼な奴だな、考えると。
ごめん」
「自己完結するなよ。」
あはは、と谷山が笑った。
「竹内から聞いてる。
ホモだってからかわれると、小江がかばってくれるって」
「へえ」
意外だった。
「竹内と谷山、仲いいわけ?」
細川やその他が言う噂では、
谷山が竹内をふって、谷山は誓約書を書かせたって。
「俺とあいつ、幼なじみだから。
家近いんだ」
谷山が、目線を俺から夕日にうつす。
ぽつり、ぽつりと星が灯り、
空のはしは群青に沈んでいる。
「むかしっから、おれのことたーちゃんたーちゃん言ってさ
可愛かったぜ、ほっぺ真っ赤にして俺のこと探すんだ
見つからないと泣いちゃうし、
俺いっつも隠れては泣かせて、いじめてた」
谷山が、うん、と伸びをして、窓をがらっとあけた。
さあっと、湿った風が入る。
「あいつさ、バカだから、俺が女とつるんでる時に、
真っ赤な顔して、俺のこと好きだって言って来やがってさ。」
谷山の顔をずっと見ていた。
谷山は、「あいつ」というとき、少し和んだ目をした。
「あいつ」と愛しそうにつぶやいた。
俺は、何か重大な勘違いをしているのかもしれない。
「俺がなにか言う前に、女どもが騒いじゃって。
その場はなぁなぁで抑えたんだけど、
後で女どもがあいつんとこ行って、いろいろ言ったらしい」
谷山のポーカーフェースな顔が、少し苦々しげに、歪んだ。
「小江、噂じゃなんて聞いてる?」
「……、あてになんねーのな、
谷山が竹内ふって、
『もう近づきません』っていう誓約書書かせたって」
「女どもが書かせたんだ。
嬉しそうに俺に見せて来たから、破って怒ったら
ぎゃーぎゃー言って。
はらいせに、噂まき散らしたみたいだな」
ふう、と谷山がため息をついた。
「竹内と俺、多分つきあうようになるよ」
「……そっか」
「竹内が遠慮しちゃって、俺のこと避け気味だからそれなんとか
しないといけないけどな」
「うんうん」
俺は自然と微笑んでいた。なんだ。よかった。
よかった。
「小江、お前もホモだろ?」
「ん?ああ、そーだけど、なんで?」
「竹内があやしーこと言うから、はっぱかけたら、
慌てて『違うよ、小江君はホモじゃないよ』って聞いてもいないのに。
あいつ、バカなのな、分かりやすい」
くすくすと谷山が笑った。
「ありがとな、小江」
「なにが、俺なんもしてねーよ」
「いろいろだよ、いろいろ」
くすくす、くすくす。谷山は心底安堵しているように、笑って、
そんで、しばらく二人で夕日を見ていた。