いっぱいいっぱい好きなひと



昔の話

細川がレイプされかけた時の話をしようと想う、
もう、3年も前のことだ。
あれ以来、細川はホモがだいっきらいだ。

夜だった。
綺麗な月が出ていて、
引っ越して来たばっかりの俺はおー月夜、とか想いながら
ぶらんぶらん歩いていた。
今日はソバにしよう。なんもいれなくていい、
黒いそばつゆに月が入るから。
そんなことをぼんやり考えて、にやにやと笑っていた。

「あっ!!!!!」

いきなり聞こえた叫び声に、ぎくりとして足を止める。
悲鳴に近い、なにか危機せまる声だった。
ざわざわと近くの公園の木々が揺れる。
その側の茂みで、誰かが叫んだ。
「ちゃんと抑えてろっ」
「動くなって、きもちよくしてやっからよ」
「やっやめっ」
何かが起こっていることをとっさに判断して、
息をひそめて、公園の入り口に回り込んだ。
夜に沈んだ、ベンチ、子供の遊び場。
茂みの中だけ、不穏な空気が流れてる。
「やっああああああっ」
「うっく……、これでいい」
「へへ、痛かったか?
すぐに熱くなるからな」
俺はまわりを見渡して、武器がないことを知った。
しょうがない。
近くの石を拾い、手の中に隠す。
警察を呼ぶ暇はあるか?ないか?
「やめっはっやめっ」
「みろ、ほら、びんびんに……」
「うわぁ、やっらしぃ……」
いきなり茂みに飛び込んだ。
がささささっと茂みが揺れる。
誰かの上にかがみ込んで、何かをしていたやつらが、
ぎょっとしたように俺を見上げた。
敵はふたり。一人、胸と下半身を露出させられている少年を押さえつけている。
良かった、敵、そんなにいなくて。
やつらが何か言う前に、足を大きく振り上げて、近くにいた男の顔面に振り下ろした。
ぎゃっだかぎょっだかつかない言葉を男があげた、
一度足をひねって放し、次の瞬間、男のあごを飛ぶほど蹴り上げた。
ぐぼっと、音を立てて、男がぐらあ、とゆれる。
足を右にふり、その顔めがけて、大きく蹴りとばす。
がっこんっと、男の頭が左に飛び跳ねた。
鼻血が弧を描いて散る。
白目を剥いて、男が倒れる。
「な、なにしやが」
もう一人の男がまだ戸惑いながら、叫ぶ。
ふりかぶって殴りかかって来た男をよけ、
ぐいっとその襟首をつかんで、引き寄せると、
石をにぎった右手で、思いっきり殴り飛ばした。
男がぐらぐらと頭を揺らし、げへっと泡をふいた瞬間、
その右手で今度は腹を殴る。
「ふぐっ」
もういっぱつ。ぎゃふっと男はつばを吐いて、うずくまった。
その首筋めがけて、両腕を握り、ふりおろした。
ぐったりと力が抜けた男どものズボンを脱がし、
それで木にぎゅうっといわきつけて、
捕らえられていた少年のところに走りよる。
「大丈夫!?」
「はっ……はあ……」
それが細川だった。
細川は、あわらになった下半身を勃起させて、
呆然とした目で空を見ていた。

後から聞いた話だと、あのとき細川は、
性魔の媚薬を下半身に注入されて、
自分では抑えきれないほど、欲情していたらしい。
そんなこと、つゆとも知らなかった俺は、
とにかく目がいっちゃってる細川をなんとかしなくちゃならないと、
ほほを2、3度たたいて、しっかりしろ、と叫んだ。
その刺激さえ、細川の体には毒だったらしく
小さな声であえぐと、細川は俺にしがみついた。
「ち、ちんこ……」
今でも覚えてる。震える華奢な腕、
頭を下げて、俺の目を見ずに懇願する細川。
「た、たっちゃって……
う、うごけな……」
見ると細川のそれは先走りの液をとろとろ流して、
びくびくに勃起していた。
「なんかされたの?」
細川はふるふると力なく首をたてにふった。
「い、いたい……」
細川のほほが光った。
ぽたり、と涙が落ちる。
白状しよう、俺はそのとき、この子を可哀想だと想う反面、
強く欲情していた。そんな自分の劣情がいやになった。
「俺、こいつらの後始末するから、
見てないから」
焦って、後ろを向くそぶりをする。
細川がやっと俺の顔を見上げて、じっと見上げて、
それからそっと頷いた。
真っ赤な顔をしていた。
可愛かった。

細川の欲情は1回では終わらなくて、3回ほどいったようだった、
いったのは気配で分かったけれど、
細川は決して声をあげなかった。
一生懸命押し殺して泣いている様を想うと、不憫でならなかった。
今でも不憫になる。

警察関係につとめている叔父に電話して、
男たちを公園の外の鉄柵に結びつけ直し、
戻ると、細川はどろどろの下半身をさらけ出したまま、
意識を失っていた。
ぐったりと、全身に汗をかいている。
後始末は叔父がしてくれると言っていた。
今、巷を騒がせている連続レイプ魔だろうとのこと。
この分では、この子に事情聴取をするのは無理だろう。
とりあえず、この場を去ろう。
そっと細川の汚れた下半身を、
湿らせてきたハンカチでぬぐうと細川がびくっと震える、
全部ぬぐってから、ズボンを丁寧にはかせ、
背とひざの部分に両手を差し込み、抱き上げた。
細川が、「うん」と言った。
同情と、なんだか分からない、愛しさみたいな気持ちがわき上がって、
俺はそおっとその子を運んだ。

細川―その頃は名前も知らなかった。―を布団に横たえさせて、
安心したらおなかが減った。
カップ麺にお湯を入れて持っていくと、
細川がぼんやりと起き上がって、部屋を見渡していた。

「大丈夫?」
慌てて、カップ麺を置いて、
台所に戻る。
気つけには何がいいんだっけ?ウィスキー?
お酒なんかないぞ。牛乳でいいや。
牛乳にはちみつをスプーンでたらし、電子レンジに入れて、
部屋に戻る。
「平気?俺のことわかる?」
「……」
ぷっと細川が笑った。
「そんな、きおくそうしつみたいに」
「あ、そうだよね、
えと」
チン、と音がした。
慌てて台所に戻って、牛乳をとりだす。
「あちち」
持っていくと、細川は枕を抱えるように横たわって、
ぼおっとしていた。
「大丈夫?
これ飲んで?」
「ん……」
素直に細川はカップを受け取った。
そのまま、ふうっと吹いて、口に含む。
こっくんと、嚥下するその白い肌に、また悲しい気持ちがわき上がった。
「大丈夫?」
「ん……助けてくれてありがとう」
「……んーん、
けがとか、してない?」
細川が自分の体をあちこち点検する。
「うん……大丈夫みたい」
「お家の人、心配してるかも、
電話かそうか?電話する?」
「うん、むかえに来てもらう」
「そっか」
「あ、ケータイ、あるから」
細川がほんのり笑った。
笑うと女の子みたいに可愛い。
いくつぐらいなんだろう、と想った。
12、13じゃないかな、まだ。
そう想うと、たまらなく悲しくなった。
こんな幼い子を襲うなんて、あいつら、本気で下衆だな。
「おれ……警察とか……いいのかな」
「あ、俺のおじさんが、なんとかしてくれっから」
「おじさん?」
「刑事なんだ、大丈夫だよ」
「そうか」
もう一口。細川が牛乳を飲んだ。
「おいしい……」
「ん……よかった」
細川のふうっと笑ったその顔に、
俺はやっと安堵した。
まだショックから抜けきってないみたいだけど、
家の人にあったら、きっと安心するだろう。
細川が、こく、こく、と牛乳を飲み干し、
ありがとう、と俺にカップを渡した。
その手で、さっき俺が細川と一緒に持って来たバッグをあける。
青い肩掛けバッグは泥だらけになっていて、さっき拭っておいたけど、
まだちょっと汚れている。
ようやく携帯を見つけ出した細川が、ぴ、ぽ、ぱ、と電話をかけた。
俺は台所にカップを持っていって、水でじゃらじゃらと洗い流した。
もういっぱいすすめた方がいいかどうか、迷っていると、
細川の声が聞こえた。
―あ、パパ……、あのね、俺
―レイプ……されかけちゃった
―うん、……うん、平気、今助けてくれた人のとこにいる
―えっと、うん、むかえにきて
―うん、うん
声が湿って来たな、と想ってみると、
はたして細川はぽろぽろ涙を落としていた。
可哀想に。
やっぱりもういっぱい、牛乳をすすめよう。
そうだ、ココアにしよう。甘いし。
えーとどこやったっけ、ココア。なかったっけ。
探していると、細川の声はいよいよしゃっくりをあげて、本格的に泣き出した。
電話口の「パパ」が必死になって何かを叫んでる。
だいじょうぶ、とも、いまいくから、とも、そんな風な言葉らしい。
「す、すいません」
急に細川が台所に顔を出して、細い声で言った。
ひっくっと、一回しゃっくりをあげる。
鼻が真っ赤になってる。
「ん?大丈夫?」
「ここって、どこですか……?」
「柿の木町、10の7の2。
コーポサツキの101号室。
来てもらうなら、柿の木駅から右に曲がったところにある、
青い屋根のコーポだって言って、
あ、かわろうか?」
「あ、大丈夫です、パパ、聞こえた?」
細川が電話に戻る。
電話口の主が、うん、じゃあ今行くから。
タクシーで行くからな、待ってろ、いいな、落ち着いて。
パパが全部なんとかしてあげるから、いいな、落ち着いて、な。

なんだかパパの方が落ち着いてない。
持っていたカップを置いて、
冷蔵庫からもう一度牛乳を取り出す。
ココアはないみたいだから、はちみつをもういっぺんいれた。

パパが来るまで、きゅーばれみーむーんのCDをかけて、
ふたりで聞いていた。
細川は目をつぶって、枕を抱きしめて、じっと聞き入っている。
傍にいてほしい、と言うから、
その手を握ってあげて、ただ傍にいた。
たまに細川の目尻から涙が落ちた。
それを指先で拭うと、細川は照れたように笑って、ごめんなさい、と言った。
名前は?
細川ゆずる。
あなたは?
小江実春。
こういう字。
変な名前なんで、結構間違われるんだ。
きれいな字だねぇ。
そう言って細川は、名前を綴った紙をしみじみ眺めた。
アイドルみたいな名前。
女みたいでちょっといやなんだけどね。
えへへ、と俺は笑った。
一緒にちょっとだけ笑って、この紙、もらっていい?と細川が言った。
CDが終わる頃に、なにはともあれ飛び出しましたー!!っていう風体の、
細川のパパが来て、細川をそっといたわるように抱きしめて、
帰っていった。俺に何度もお礼を言いながら。
彼らが乗ったタクシーを、見えなくなるまで見送って、
そして気がついた。カップ麺。でろでろになっていた。

それから、この高校に入学して、すぐに細川だって分かった。
同級生だったのかと驚く俺に、あっちもすぐ気がついたらしく、
とてとてと走りよって来て、小江さんもこの学校なの、と言った。

細川はたまに俺のうちに遊びにくるようになって、
その時は決まってきゅーばれみーむーんのCDをかけて、と言うようになった。

3年。
3年経って細川はやっとちょっといじわるな本来の細川になった。
と、細川のパパは言う。
それもこれも小江君のおかげだと。そんなことないのに。照れちゃう。

あんまりのショックで、性格が変わっちゃったかと想った、と言って、
パパは涙を拭う。良かった、傷が癒えたようで。と。
あの時のことを思い出すと、パパはまだ泣けてくるらしい。
怒りと、恐怖と、細川への愛で。
いいパパだ。

さて。細川との出会いの話は、これで終わり。
次は今に戻る。
今。細川と俺が悪友となって、俺が細川に告白して、玉砕して、
竹内が谷山に告白して、細川がなんだか機嫌の悪い、このごろの話に。
ベビーフェースの細川は、今日もまた、俺の部屋に来ると言っている。

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