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春の待ち人
うそ
泥の中で泣いていたカーヤ
朝から粉雪が降っていた、
あれはまだ、カーヤが十になるかならないかの頃
「どうした?」
顔を下げて聞いたカデに、ルシュは止せよ、と言った
「どうした?ぼうず、どっかいたいのか?」
「い、いない」
ぐずぐずと鼻をならして、カーヤが言った
その手のひらが赤く染まっていて、たいへん寒そうだった
「いない?誰が」
「とっと……とっと、いなくなった」
「捨て子だな、カデ、どうする?」
あっさりルシュが言う
苦笑いを浮かべて、カデはいいこいいこと、泥だらけのカーヤを撫でた
髪の毛も、雪に濡れて、冷たかった
「安心しろ、俺がとっと探してやるから、な?
泣くな」
あの雪の日。
カーヤは、俺といて、幸せだったのだろうか
俺のような不良の父親なんて、いやだったろうに
俺をおとうさんと呼んで、
ルシュをパパを呼んで、
可愛いカーヤは、慕ってくれた
カーヤが死んだ。
その言葉を、つぶやくようにルシュの側近は言った
道端で強姦にあって、殺されたと。
あれから何時間たっただろう
ぼんやりと石畳を見つめたまま、
カデは動けずにいた
あれからもう、何年たっただろう
今年、カーヤは16になったはずだから、
たった6年だ
たった6年で、いろいろなことがあった
本当の息子のように、カーヤを愛していた
愛していた
涙も出ない
ただ、ひりひり
ひりひり
ひりひり、とても痛い
胸が痛い
実際の痛みのように、とても痛い
カーヤ。
俺のカーヤ。ごめん、ごめんな。ごめんな。
死ぬ時は、苦しかったか、
せめて、苦しまずに死ねたか、
カーヤ、寂しかったろうに
牢獄にいれられた父親、そんな父親を持って、
カーヤ、いろいろな人に嫌われて、
悲しかったか、寂しかったか
そんな、ひどい目にあって
ごめんな。
その地下牢の二階上がった、カーヤの部屋。
寂れたカーヤの部屋で
ルシュは顔をおおって、ともすれば嗚咽を吐きそうになる心を
何とか静めようと必死になっていた
あの女―事件、あの事件、あの女が「光景」を見た時
俺にかけよって大げさに騒ぎ立て、
カーヤを捨てさせて、カデを牢獄に放り込んだあの女、
俺の、叔母。
彼女は今日も来た、猫なで声で俺に言う
疲れているでしょう、そうよね、レイプなんてされて、疲れているはずよ
この屋敷の管理、あたしに任せてみない?
額に、がりっと指がひっかかる
カデに謝って、カーヤに謝って、
全てさらけ出して、
俺はこの地をさって、
ふたりとも幸せになって
そうなるのが一番いい
あの女さえいなかったら
違う、あの女がいなくなっても、
また違う親族たちがやってくる
この屋敷の金を求めて
ルシュは手のひらをそっとはなした
指先に、小さな赤い血がついていた
額がちりちりする
土下座してでも謝りたかった
本当に、本当に、謝りたかった
カデが牢獄に入って、
カーヤがここを追い出された時から
ずっとずっと、謝りたかった
今日もまた、じっと、その衝動を押し殺す。
俺は弱みを見せない
俺は何の弱みもない
呪文のように繰り返す
ルシュの周りに集う、金の亡者達。
代代続いたこの家屋を、
あんなやつらに渡すことはできない
そのために、修羅を歩みだした、
もう、元に戻ることはできない。
あの時。
カデを裏切って。
カーヤを裏切った。あの時。
「ルシュ様」
いきなり、扉が開いて、ナナシマが入ってきた
冷酷な男で、頭が切れるらしいが、ルシュはいまいち好きになれない
何代目かの、ルシュの側近だ
「ここにいるときは入ってくるなといったはずだ」
怒りを沈めた声でルシュが答える
「カーヤとカデに、双方が死んだと伝えておきました」
「………!!!?」
「これでカデは手紙を書かなくなるでしょう、
カーヤもそのうち、街を出る
そうすれば、カデはあなたのものですよ」
「こっ……………………!!!!!」
「おや、お怒りですか?
あんな手紙をためているから、
てっきりカデをまだ愛しているのかと」
一瞬にして高まった、怒りに任せてナナシマを打った
異常なほど大きな音がし、ナナシマが少しよろめいた
「お、おまえ……」
「ルシュ様。
お遊びが過ぎます、貴方ほどのお方が、いつまで悩んでいるおつもりですか?
カデが欲しいなら、さっさとご自分の奴隷になさればよろしいでしょう
そんなうじうじと悔いに迷うより、けじめをおつけなさい」
ぺっと血を吐いて、ナナシマが手に持っていたノートを開き、
ルシュに見せつける。
「カデの体力の調査です。
明らかに下がりつづけている。
ルシュ様、貴方がお悩みの間に、カデは体力を消耗しております。
どうなさるおつもりですか?」
絶句しているうちに、まくしたてられて、
余計に何もいえなくなる
「もっともなことを、言うな」
ため息をついて、ルシュはベッドに座り込んだ
ほこりがたちのぼり、寂寥感に拍車がかかる
「わかっている…
なんとかする…」
「…はやめにお願いいたしますよ、
よくあることです、貴族には。
奴隷の一人、ふたり、いるのもよいものですよ」
「お前は本当に人間か………?」
「ええ、残念ながら」
ナナシマは鮮やかに笑った。
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うそ
泥の中で泣いていたカーヤ
朝から粉雪が降っていた、
あれはまだ、カーヤが十になるかならないかの頃
「どうした?」
顔を下げて聞いたカデに、ルシュは止せよ、と言った
「どうした?ぼうず、どっかいたいのか?」
「い、いない」
ぐずぐずと鼻をならして、カーヤが言った
その手のひらが赤く染まっていて、たいへん寒そうだった
「いない?誰が」
「とっと……とっと、いなくなった」
「捨て子だな、カデ、どうする?」
あっさりルシュが言う
苦笑いを浮かべて、カデはいいこいいこと、泥だらけのカーヤを撫でた
髪の毛も、雪に濡れて、冷たかった
「安心しろ、俺がとっと探してやるから、な?
泣くな」
あの雪の日。
カーヤは、俺といて、幸せだったのだろうか
俺のような不良の父親なんて、いやだったろうに
俺をおとうさんと呼んで、
ルシュをパパを呼んで、
可愛いカーヤは、慕ってくれた
カーヤが死んだ。
その言葉を、つぶやくようにルシュの側近は言った
道端で強姦にあって、殺されたと。
あれから何時間たっただろう
ぼんやりと石畳を見つめたまま、
カデは動けずにいた
あれからもう、何年たっただろう
今年、カーヤは16になったはずだから、
たった6年だ
たった6年で、いろいろなことがあった
本当の息子のように、カーヤを愛していた
愛していた
涙も出ない
ただ、ひりひり
ひりひり
ひりひり、とても痛い
胸が痛い
実際の痛みのように、とても痛い
カーヤ。
俺のカーヤ。ごめん、ごめんな。ごめんな。
死ぬ時は、苦しかったか、
せめて、苦しまずに死ねたか、
カーヤ、寂しかったろうに
牢獄にいれられた父親、そんな父親を持って、
カーヤ、いろいろな人に嫌われて、
悲しかったか、寂しかったか
そんな、ひどい目にあって
ごめんな。
その地下牢の二階上がった、カーヤの部屋。
寂れたカーヤの部屋で
ルシュは顔をおおって、ともすれば嗚咽を吐きそうになる心を
何とか静めようと必死になっていた
あの女―事件、あの事件、あの女が「光景」を見た時
俺にかけよって大げさに騒ぎ立て、
カーヤを捨てさせて、カデを牢獄に放り込んだあの女、
俺の、叔母。
彼女は今日も来た、猫なで声で俺に言う
疲れているでしょう、そうよね、レイプなんてされて、疲れているはずよ
この屋敷の管理、あたしに任せてみない?
額に、がりっと指がひっかかる
カデに謝って、カーヤに謝って、
全てさらけ出して、
俺はこの地をさって、
ふたりとも幸せになって
そうなるのが一番いい
あの女さえいなかったら
違う、あの女がいなくなっても、
また違う親族たちがやってくる
この屋敷の金を求めて
ルシュは手のひらをそっとはなした
指先に、小さな赤い血がついていた
額がちりちりする
土下座してでも謝りたかった
本当に、本当に、謝りたかった
カデが牢獄に入って、
カーヤがここを追い出された時から
ずっとずっと、謝りたかった
今日もまた、じっと、その衝動を押し殺す。
俺は弱みを見せない
俺は何の弱みもない
呪文のように繰り返す
ルシュの周りに集う、金の亡者達。
代代続いたこの家屋を、
あんなやつらに渡すことはできない
そのために、修羅を歩みだした、
もう、元に戻ることはできない。
あの時。
カデを裏切って。
カーヤを裏切った。あの時。
「ルシュ様」
いきなり、扉が開いて、ナナシマが入ってきた
冷酷な男で、頭が切れるらしいが、ルシュはいまいち好きになれない
何代目かの、ルシュの側近だ
「ここにいるときは入ってくるなといったはずだ」
怒りを沈めた声でルシュが答える
「カーヤとカデに、双方が死んだと伝えておきました」
「………!!!?」
「これでカデは手紙を書かなくなるでしょう、
カーヤもそのうち、街を出る
そうすれば、カデはあなたのものですよ」
「こっ……………………!!!!!」
「おや、お怒りですか?
あんな手紙をためているから、
てっきりカデをまだ愛しているのかと」
一瞬にして高まった、怒りに任せてナナシマを打った
異常なほど大きな音がし、ナナシマが少しよろめいた
「お、おまえ……」
「ルシュ様。
お遊びが過ぎます、貴方ほどのお方が、いつまで悩んでいるおつもりですか?
カデが欲しいなら、さっさとご自分の奴隷になさればよろしいでしょう
そんなうじうじと悔いに迷うより、けじめをおつけなさい」
ぺっと血を吐いて、ナナシマが手に持っていたノートを開き、
ルシュに見せつける。
「カデの体力の調査です。
明らかに下がりつづけている。
ルシュ様、貴方がお悩みの間に、カデは体力を消耗しております。
どうなさるおつもりですか?」
絶句しているうちに、まくしたてられて、
余計に何もいえなくなる
「もっともなことを、言うな」
ため息をついて、ルシュはベッドに座り込んだ
ほこりがたちのぼり、寂寥感に拍車がかかる
「わかっている…
なんとかする…」
「…はやめにお願いいたしますよ、
よくあることです、貴族には。
奴隷の一人、ふたり、いるのもよいものですよ」
「お前は本当に人間か………?」
「ええ、残念ながら」
ナナシマは鮮やかに笑った。