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春の待ち人
けっしん
ヒョウが降っている。
かこ、かこ、という硬い音に、
カーヤはぱちっと目を覚まし
一瞬どこにいるのか分からず、ぼんやりと天井を見上げた
今見た、幸せな夢の跡に、胸が上下している
感激で。
パパに謝った。
パパは、笑って許してくれた
いいんだ、いいんだ、カーヤ
俺も、悪かった、なにか勘違いしていた。
怒ってる?馬鹿な、カーヤを嫌う訳はないだろう
父さんを牢獄からだそう
死んだ?何を言っているんだ。
父さんは全然元気だよ、大丈夫、カーヤ、大丈夫だよ。
カーヤは泣いていた
温かい涙で、ほほがとろとろ濡れた
父さんと一緒に、パパと一緒に、また同じように、くらせる。
パパ、おれ、好きな人できたの、
父さん、けんかしちゃだめだよ、
あのね、ユナって言うの、あのね
目が覚めたら、ただ独りだった
布団からはみでた肩が、すらすら寒かった。
冷たい雨の音がしていた。
手をそっとだして、眺めてみた
父さんと一緒に歩いた時、あの大きな手を握った手のひらだ
パパがこの手を握って、ずっとずっと傍にいてくれたこともある
独りだ
これからは、ずっと独りだ
パパも、父さんもいない
独り
怖くなって、肩を抱きしめた
寒さか、微かに震えている、
温かいシャワーを浴びて、
これからどうするか、考えよう
ひとまず、それから
ぴんぽん、とチャイムが鳴った
びっくりして、ぽかんとそこを見守っていると
もう一度、確かめるようにピンポン、となった。
いそいで着替えながら、返事をし、玄関に向かう。
カーヤを訪ねてくる人など、いままでいなかった
誰だろう、そう思っただけで、
カーヤは何にも考えていなかった。
なんだかいろいろなことがありすぎて、
頭が停止していた。
扉を開けると、ユナがいた
「また泣いていたの?」
ベッドの上、ユナが、カーヤにゆっくり接吻する
何が起こっているのか理解できない。
なにも分からない。
ユナのぬくもりが傍にある、
ただ、それだけの、奇跡みたいなことが起こってる
なんで来たの、と、一回聞いた
ユナはただ微笑んで、理由はないよ、と言った
余計分からない。
これじゃ、まるで
まるで、ユナが俺を好きみたいじゃないか
勘違いしてしまう、いいの、ユナ、
言いそうになって、何度もつばを飲み込んだ
ユナは、いいなんて言わない、そんなの分かってる
馬鹿なカーヤ、まだ、期待してる。
「ん…夢見て」
「どんな夢……」
「父さんと、パパと、一緒にまた暮らす夢」
ユナを紹介して、と言いそうになって、
またつばを飲み込む
ごめん、ユナ、ごめん、
俺は、ユナが凄く好きだ
「泣かなくて良いよ…」
「ユナ…」
カーヤは胸に満ちる嬉しさに、不意に目頭が熱くなった
ユナが、ただ優しい、もしかしたら、ユナはただ同情して、
俺のところに来たのかもしれない、いや、多分きっと、そうなんだ
だから、期待しちゃいけない
でもユナが優しい
すごく優しい
どうしよう
どうしよう
お父さんが死んだのが、まだ信じられないこと、
本当は生きているのだと、想っていること、
もう一度会いたいこと、
ひとりぼっちだと思ったこと、
とりとめなく、ぽつり、ぽつりと話した
ユナにならば、自分の奥にあった
ほんとうが話せた
ユナが微笑んだ、大丈夫、と言ってくれた
「カーヤ、人はいつでも、独りだよ、お互いが理解し合うことなど、
ないと、私は思う。
だけど、だけどね、カーヤ、
寄り添うことのできる人は、必ずいるよ」
「ユナ……」
「ほらね」
ユナが、カーヤの手のひらを握る
「カーヤが何を想っているのか、
私は今、全然分からない、だけど、
カーヤのぬくもりは分かるよ、
カーヤも、私のぬくもり、わかるだろ」
一息、ユナが息を吸い込む
「カーヤ、カーヤはひとりぼっちじゃ、ないよ」
「ユナ」
ぎゅうっと、ぎゅうっとした、泣きそうな、
悲鳴を上げそうな、強い想いがわき上がって、
カーヤはユナにしがみついた
言ってしまいたかった、
ユナ、一緒にいてくれ、俺、俺、がんばって、
がんばって、おまえに好かれるようにがんばるから、
ユナ、頼む、一緒にいてくれ、
俺、おまえをあいしてる
あいしてる
「…カーヤ」
ユナが微笑む
ユナのあたたかさ、さらさら撫でる手の柔らかさ、
接吻の心地よさ、全てが、カーヤの全てになっていく
全部、世界、全部、ユナで染まってく
爪の先まで、こころがいっぱいになる
「カーヤ…」
ぎゅうっと、今度はユナがカーヤを抱きしめた
「この国を、出よう、カーヤ」
「え…?」
「チュカにいけば、差別など、ひとつもない
チュカにいって、一緒に暮らさないか、カーヤ」
じっと、ユナが、カーヤの瞳をみつめた。
「愛してる」
「………………………!!!!」
「あいしてる」
カーヤはぐっと黙って、ただ黙って、ぎゅっと黙って、
涙をこらえた
あいしてる
あいしてる
ユナの言葉が、ぐるぐるめぐる
あいしてる
「ユナ」
「カーヤ、泣かないで」
ぺろぺろと、ユナがカーヤのほっぺをなめる
「ユナ」
「カーヤ、ほんとなんだ、
私は、人を愛せない人間だと想っていた
芯が冷たいから、だけど、
カーヤに会って、全部が分かった
私も、私の中にも、温かいものがあるのが分かった
カーヤ、愛してる」
「ユナ、き、聞いてくれ」
カーヤが、ユナの胸に手のひらを置いた
誓いのように
「おれ、おれな、
お前と、チュカ、行きたいよ」
「うん…カーヤ」
「だ、だ、だから、だから、
ちゃんと、見てくる」
「ちゃんと…?」
「…ちゃんと…お父さんが死んだのかとか、
あと、なんで、お父さんが、牢獄に入れられたのかとか、
ちゃんと見てくる」
今まで、ずっと、逃げていたこと、
見たくなくて、見たくなくて、知りたくなくて、逃げいていたこと
真実。
カーヤは、それが怖かった。
知ったとたん、ほんとうにお父さんが悪いのか
ほんとうにパパはお父さんとカーヤを憎んでいるのか、
カーヤの信じていたものが、崩れそうで
カーヤは「あの日」の事件真相を知らない
深夜だった、眠っていた
その日のことは思い出すたび、「不愉快な日だった」としか言いようが無い
昼方、パパ―ルシュ・エデンが父さん―カデ・タナと話しているのを見て、
パパの親戚だと言って上がり込んで来た女が
「まぁいやらしい、まるで同性愛者みたいね」と言ってあざ笑った
その女は夕方になっても帰らず、パパも父さんも迷惑そうにしているのに
泊まるだのと言い出した
たまにパパと父さんはカーヤを追い払って
ふたりっきりで寝ることがあった、
その日もそんな風で、あのいやな女について
意見をしたかったカーヤはむうっとふくれて自分の部屋でふて寝していた
事件は2時頃だったと想う
女の悲鳴が上がった
黄色い、何かを喜びながら、人々に知らせるような嫌らしい声だった
次の日全てが変わってしまった
カーヤは、真実を知るのが怖かった
あの女の言う通り、お父さんが「しきじょうきょう」なのかと
でも
「俺は、
ちゃんと、知りたい」
深く息を吸って、呼吸を整える
「知った後で、考える、
もう一回。俺、どうすればいいか」
ユナはただ、暖かい微笑で、カーヤを見ていた
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けっしん
ヒョウが降っている。
かこ、かこ、という硬い音に、
カーヤはぱちっと目を覚まし
一瞬どこにいるのか分からず、ぼんやりと天井を見上げた
今見た、幸せな夢の跡に、胸が上下している
感激で。
パパに謝った。
パパは、笑って許してくれた
いいんだ、いいんだ、カーヤ
俺も、悪かった、なにか勘違いしていた。
怒ってる?馬鹿な、カーヤを嫌う訳はないだろう
父さんを牢獄からだそう
死んだ?何を言っているんだ。
父さんは全然元気だよ、大丈夫、カーヤ、大丈夫だよ。
カーヤは泣いていた
温かい涙で、ほほがとろとろ濡れた
父さんと一緒に、パパと一緒に、また同じように、くらせる。
パパ、おれ、好きな人できたの、
父さん、けんかしちゃだめだよ、
あのね、ユナって言うの、あのね
目が覚めたら、ただ独りだった
布団からはみでた肩が、すらすら寒かった。
冷たい雨の音がしていた。
手をそっとだして、眺めてみた
父さんと一緒に歩いた時、あの大きな手を握った手のひらだ
パパがこの手を握って、ずっとずっと傍にいてくれたこともある
独りだ
これからは、ずっと独りだ
パパも、父さんもいない
独り
怖くなって、肩を抱きしめた
寒さか、微かに震えている、
温かいシャワーを浴びて、
これからどうするか、考えよう
ひとまず、それから
ぴんぽん、とチャイムが鳴った
びっくりして、ぽかんとそこを見守っていると
もう一度、確かめるようにピンポン、となった。
いそいで着替えながら、返事をし、玄関に向かう。
カーヤを訪ねてくる人など、いままでいなかった
誰だろう、そう思っただけで、
カーヤは何にも考えていなかった。
なんだかいろいろなことがありすぎて、
頭が停止していた。
扉を開けると、ユナがいた
「また泣いていたの?」
ベッドの上、ユナが、カーヤにゆっくり接吻する
何が起こっているのか理解できない。
なにも分からない。
ユナのぬくもりが傍にある、
ただ、それだけの、奇跡みたいなことが起こってる
なんで来たの、と、一回聞いた
ユナはただ微笑んで、理由はないよ、と言った
余計分からない。
これじゃ、まるで
まるで、ユナが俺を好きみたいじゃないか
勘違いしてしまう、いいの、ユナ、
言いそうになって、何度もつばを飲み込んだ
ユナは、いいなんて言わない、そんなの分かってる
馬鹿なカーヤ、まだ、期待してる。
「ん…夢見て」
「どんな夢……」
「父さんと、パパと、一緒にまた暮らす夢」
ユナを紹介して、と言いそうになって、
またつばを飲み込む
ごめん、ユナ、ごめん、
俺は、ユナが凄く好きだ
「泣かなくて良いよ…」
「ユナ…」
カーヤは胸に満ちる嬉しさに、不意に目頭が熱くなった
ユナが、ただ優しい、もしかしたら、ユナはただ同情して、
俺のところに来たのかもしれない、いや、多分きっと、そうなんだ
だから、期待しちゃいけない
でもユナが優しい
すごく優しい
どうしよう
どうしよう
お父さんが死んだのが、まだ信じられないこと、
本当は生きているのだと、想っていること、
もう一度会いたいこと、
ひとりぼっちだと思ったこと、
とりとめなく、ぽつり、ぽつりと話した
ユナにならば、自分の奥にあった
ほんとうが話せた
ユナが微笑んだ、大丈夫、と言ってくれた
「カーヤ、人はいつでも、独りだよ、お互いが理解し合うことなど、
ないと、私は思う。
だけど、だけどね、カーヤ、
寄り添うことのできる人は、必ずいるよ」
「ユナ……」
「ほらね」
ユナが、カーヤの手のひらを握る
「カーヤが何を想っているのか、
私は今、全然分からない、だけど、
カーヤのぬくもりは分かるよ、
カーヤも、私のぬくもり、わかるだろ」
一息、ユナが息を吸い込む
「カーヤ、カーヤはひとりぼっちじゃ、ないよ」
「ユナ」
ぎゅうっと、ぎゅうっとした、泣きそうな、
悲鳴を上げそうな、強い想いがわき上がって、
カーヤはユナにしがみついた
言ってしまいたかった、
ユナ、一緒にいてくれ、俺、俺、がんばって、
がんばって、おまえに好かれるようにがんばるから、
ユナ、頼む、一緒にいてくれ、
俺、おまえをあいしてる
あいしてる
「…カーヤ」
ユナが微笑む
ユナのあたたかさ、さらさら撫でる手の柔らかさ、
接吻の心地よさ、全てが、カーヤの全てになっていく
全部、世界、全部、ユナで染まってく
爪の先まで、こころがいっぱいになる
「カーヤ…」
ぎゅうっと、今度はユナがカーヤを抱きしめた
「この国を、出よう、カーヤ」
「え…?」
「チュカにいけば、差別など、ひとつもない
チュカにいって、一緒に暮らさないか、カーヤ」
じっと、ユナが、カーヤの瞳をみつめた。
「愛してる」
「………………………!!!!」
「あいしてる」
カーヤはぐっと黙って、ただ黙って、ぎゅっと黙って、
涙をこらえた
あいしてる
あいしてる
ユナの言葉が、ぐるぐるめぐる
あいしてる
「ユナ」
「カーヤ、泣かないで」
ぺろぺろと、ユナがカーヤのほっぺをなめる
「ユナ」
「カーヤ、ほんとなんだ、
私は、人を愛せない人間だと想っていた
芯が冷たいから、だけど、
カーヤに会って、全部が分かった
私も、私の中にも、温かいものがあるのが分かった
カーヤ、愛してる」
「ユナ、き、聞いてくれ」
カーヤが、ユナの胸に手のひらを置いた
誓いのように
「おれ、おれな、
お前と、チュカ、行きたいよ」
「うん…カーヤ」
「だ、だ、だから、だから、
ちゃんと、見てくる」
「ちゃんと…?」
「…ちゃんと…お父さんが死んだのかとか、
あと、なんで、お父さんが、牢獄に入れられたのかとか、
ちゃんと見てくる」
今まで、ずっと、逃げていたこと、
見たくなくて、見たくなくて、知りたくなくて、逃げいていたこと
真実。
カーヤは、それが怖かった。
知ったとたん、ほんとうにお父さんが悪いのか
ほんとうにパパはお父さんとカーヤを憎んでいるのか、
カーヤの信じていたものが、崩れそうで
カーヤは「あの日」の事件真相を知らない
深夜だった、眠っていた
その日のことは思い出すたび、「不愉快な日だった」としか言いようが無い
昼方、パパ―ルシュ・エデンが父さん―カデ・タナと話しているのを見て、
パパの親戚だと言って上がり込んで来た女が
「まぁいやらしい、まるで同性愛者みたいね」と言ってあざ笑った
その女は夕方になっても帰らず、パパも父さんも迷惑そうにしているのに
泊まるだのと言い出した
たまにパパと父さんはカーヤを追い払って
ふたりっきりで寝ることがあった、
その日もそんな風で、あのいやな女について
意見をしたかったカーヤはむうっとふくれて自分の部屋でふて寝していた
事件は2時頃だったと想う
女の悲鳴が上がった
黄色い、何かを喜びながら、人々に知らせるような嫌らしい声だった
次の日全てが変わってしまった
カーヤは、真実を知るのが怖かった
あの女の言う通り、お父さんが「しきじょうきょう」なのかと
でも
「俺は、
ちゃんと、知りたい」
深く息を吸って、呼吸を整える
「知った後で、考える、
もう一回。俺、どうすればいいか」
ユナはただ、暖かい微笑で、カーヤを見ていた