春の待ち人


ひあい

雨が降り続いている
闇の中で、しとしと、しとしと。
ユナは電話番をしながら
―本来なら、これがユナの仕事なのだ。
売りに出ることなど、もう何年も前にやめたこと。
この店を、取り仕切っている今、
ただ高見からすべてを見守ればいい―
なんで、今日、あの時帰ってしまったのだろうと、
ぼんやり考えていた
帰ることなどなかったはずなのに
お金も受け取らず、ただ慌てながら、帰って来てしまた
そうだ、ユナは慌てていた。動揺していた。
分かっていた、あの手紙が、カーヤにとって嬉しい手紙ではないこと
読んだ瞬間、カーヤがどう思うか、あの、いとしい……
そこまで考えてぎょっとしてユナは思考を止めた。
いとしい?私はいとしんでいるのか?カーヤを。
まさか。お金のためだ。全てお金のためだ。
違う、いとしいからじゃない、馬鹿な。ミイラ取りがミイラになるような、そんなまさか。

混乱するユナの思考を打ち切るように、
電話がけたたましくなった
数秒置いて―驚きすぎて、思考が固まってしまったのだ―
ユナは冷静な声で電話を取った

「はい、こちら色屋です」
「…………ゆな?」
カーヤだった
心音が高まった
案の定、カーヤは泣いていた
慟哭しているのが、押し殺したかすれた声で分かる
「ユナ……こっち、きて……
きてくれ、たのむ……
いっしょにねて」
「カーヤ、分かっているとは思いますが、
一日に何回も同じ人間を呼ぶのは……」
「ユナ……」
カーヤが悲鳴のように懇願する
「たのむ……たのむ
お、おれくるっちまう……
ユナがいいんだ、ユナと一緒にいたい
おねがい、ユナ、ユナ、おねがい」
「カーヤ……」
そっと、ユナはため息をついた
「なにか、あったんですか?」
「…………おと、さんが、しんだって……」

雨が、降り続いている



傘をたたんで、ユナはカーヤの部屋のチャイムを鳴らした
すぐにドアがひらき、悲壮な顔でカーヤが出てくる
「ごめ……んな、ユナ」
思ったより、カーヤはしっかりしていた
いや、悲しみが絶望にすり替わり、そうしないと立っていれないほどなのだろう
まだ、現実が受け止められないのかもしれない
「はいって……」
カーヤにかける言葉が見つからなかった
ご愁傷様です、も、大丈夫、も、全部なにか違う気がした
カーヤがふらふらと、ユナに背を向けて、
部屋の中へと案内する
思わず、その背を抱きしめそうになって
ユナは自分の心を殺した

「一緒に、寝てくれるだけで、いいから」
「……」
「せっくすとか、いいから」
カーヤがいいわけのように繰り返す
悲しいカーヤ
痛々しい、カーヤ
ユナはそんなカーヤを見ながら、
必死に自分の心を打ち消す
カーヤを抱きたいと思っている、まさか、違う
慰めたいだけだ、同情だ、違う、愛情じゃない
ぶるぶるっと、ユナは首を振った

「ベッド、寝よう、ユナ」
カーヤが微笑んだ。
痛みを感じる笑みだった。


深夜。
まんじりともせず、
ユナは何遍目かのため息を飲み込んで、
カーヤの気配をそっと伺った
さっきもだ。
さっきもカーヤはベッドから抜け出し、風呂場に行った
いったい何をしているのだろう、シャワー?
なんでそんなに何回も。
戻ってくるカーヤの体が、氷のように冷たく感じられて、
ユナは嫌な予感がして仕方がなかった
次、カーヤが風呂に向かったら……
急に、またカーヤが立ち上がる
そっと足音を忍ばせて、風呂場に向かう
かたん、たん、と風呂の戸のしまる音。
息を殺して二十秒ほど数えたユナは、
いきなりばっと起き上がってカーヤを追った

がたっと風呂場の扉をあけると
一瞬どこへ迷い込んだのかと思うほど冷気が広がった
「か、カーヤ?」
見ると、目を見開いたカーヤが、冷水のシャワーに打たれており、
カーヤのそこが、天を向いて勃起していた
「ご、ごめっ、ごめんっユナ、ごめんっ」
ばっと縮こまるように、カーヤが謝りだす
とにかくカーヤの体を温めなければと、
ユナはシャワーを止め、タオルでカーヤをおおった
ぼろぼろと顔を崩して、ヒステリーのように泣き出したカーヤを抱きしめ、
背中をこする
「どうした、どうしたんですか、カーヤ、泣かないで
大丈夫だから、なんて馬鹿な真似を」
「た、たっちゃってっ……ユナ、ユナが、きもちわるいっって」
「そんなこと言う訳無いでしょう、
ああ、唇も紫で、
くそ、カーヤ、とにかく体あっためないと、
シャワーだすよ、いいね、お湯ためて」
「お、おれ、ユナが、ユナがすきで、
ユナ、ユナが、ユナが、
きもちわるいことしたくない、したくないの」
「カーヤ、泣かないで、バカ、バカ、ほら、泣かないで」
カーヤの頤を持ち上げて、シャワーをだしながら接吻する
「お湯ためて、少し温まって、カーヤ、
くそ、どうすりゃいいんだ
カーヤ、ばか、この」
「ユナ」
ひっく、と、カーヤがしゃっくりをあげて、呆然とユナを見上げた
あんなに、冷静なユナが、混乱しているように見える
なんで。

シャワーが温かい。
ユナは自分の服を脱いで、
ぐちゃぐちゃのカーヤを二度抱いた
最後にいったあと、ずっといれたまま、抱きしめ続けてくれている
お湯はもうたぷたぷにたまって、
シャワーがあとからあとから流れるから、
どんどんあふれる

「……あったまりましたか?カーヤ」
「……うん……ユナ、ごめん」
「……」
答えずに、そっと髪の毛を撫で付けて、額に接吻する
「カーヤ、死のうと思ったんですか?」
「え、え?
ち、ちがう、そんなこと思ってない」
「ならもう絶対やめてくれ、
この真冬に冷水を浴びるなんて気違い沙汰だ」
「だって勃っちゃうから」
「そしたら私に求めてくればいいだろう!!!!」
びっくりして、カーヤがぱち、ぱち、と目をしばたく
「……す、すいません」
慌ててユナが謝った
「……」
ぷるぷるとカーヤは首を振る
「ごめん」
「いや……すまない……」
そっと、ユナはカーヤの乳首をこすった
「んっ」
「カーヤ……もう、むちゃしちゃだめですよ?」
「んん……ん」
「……」
可愛い、と言おうとして、慌てて口を閉じた
やっと冷静になったユナは、自分が凄まじく慌てていたことを今になって噛み締める
まだ、少し、動揺している

私は、どうしたんだろう

こんなつもりじゃなかった。
素直に認めたくはない
認めたくないが、
カーヤに心を奪われている。
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