春の待ち人



こいびと

外で待ち合わせ、と言っていた
フォーは不安を感じながら、街路でカーヤを待っていた
5分前。

街中でなど、本当は待ち合わせたくなかった。
カーヤは今や街のお尋ね者だ
自分がカーヤと頻繁に会っていることを知られたら、
カーヤを捨てた「あの人」が黙っていないだろう

帰ろうか、どうしようか悩んでいると、
カーヤがあっちからかけてきた
白いオーバーがはためいている、
ほほが上気して、嬉しそうに輝いている。

「ごめん、待ったか」
「……、外で何をするつもりだ?」
不機嫌に、フォーが聞く。
「あ、い、いや、もうすぐ」
ごくっとカーヤはつばを飲み込んだ
「もうすぐ、来るから」

カーヤには、一つの企みがある、このごろふと思いついて、
放れなくなった考え事。
カーヤの好きなあの人、あの人に、
自分もこういう風に愛されているのだと思わせたい
カーヤはまだ愛される価値がある、と。

なんとかしたかった、あの人が何を誤解しているのか分からない
いつかその誤解を解きたい、
カーヤの大事な人、カーヤの父、彼が、あの人を傷つける訳は無いのだ、
牢獄になど、入れられる理由が無いのだ、
カーヤはなぜ、父が投獄されたのか、その理由をしらない
自分が捨てられた日、カーヤは途方にくれながら、
こんな、ばかみたいなこと、すぐに終わるに違いない、
きっといつか、また三人で暮らせる、とそう思っていた
だけど何か月経っても、この不幸は終わりそうにない
どうすればいいのか、考えれば考えるほど、
カーヤには分からなくなっていって
もうなんにもすることができなくなった

カーヤを捨てたことが間違いだったと、教えたい
だから、またみんなで暮らそうと。
そこまで考えた訳ではないけれど、
どうにも袋小路にはまっていたカーヤは、
ただ必死に、感情に突き動かされて、
フォーをこの時間に呼んだのだ

あれから、カーヤは何回もフォーを呼びだしていた。
フォーを呼ぶたびに、胸に接吻をして自分だけいった
それが正しい「セックス」なのか、カーヤは分からない
ただ、フォーがそばにいるととても気持ちがいい
とても安らぐ、カーヤも「愛されて」いるのだ
お金で買った愛だけれど。
それでも良かった。
カーヤはフォーとの愛情の行き来と、昔の愛情の行き来を重ねて、
数ヶ月もなかった幸福感に満ちていた。

「こっち……」
カーヤがフォーの腕に手を回す
腕を組む、などという行為は知らないカーヤだったけれど
フォーのぬくもりを求めて自然にそうしていた
フォーが顔をしかめてその手を振り払う

「マンションに行くならさっさと行きませんか?
誰かに見られたりしたらやっかいだ」
「……なんで?」
「なんでって……」
フォーは絶句する
カーヤとなんて、歩いていることを知られたら、
どういうことになるのか、カーヤは分かっていないのか。

「あ、来た」
ちょうど奥まったところにカーヤとフォーはいる
その真っ正面の路地を、
背の高いハンサムな男が、この世の咎を全て背負ったような顔をして、歩き去っていくのが見えた
彼は知っている。ルシュ・エデン
町の富豪。カーヤを捨てた、その人。
嫌な予感がして、フォーは顔が青ざめるのを感じた。
あ、来た?
カーヤは何を考えているのだ、なにを
「フォー、いこう、ほら」
カーヤは胸がドキドキするのを感じた
あの人はフォーとカーヤを見て、なんて言うだろう
まるで昔みたいだ、と思うかもしれない
それで、しっぱいした、と思うのだ
昔みたいにみんなで暮らしたい、カーヤを呼び戻して、父さんを牢からだして、と
そしたら、カーヤは、カーヤは
「何をする気だ、カーヤ?」
つかんだ手のひらを、もう一度フォーが振り払う
邪険にされているのに、カーヤの心臓はひときわ跳ね上がって、体に喜びが巡った
フォーが「カーヤ」と呼んでくれた
もう何ヶ月も、名前で呼ばれることなんかなかった
フォー。

「フォー……、あの、あのな」
もういっぺん、つばを飲み込む
嬉しくて、嬉しくて、
なんだか泣きそうだった

「パパ……あの人に、
フォーのこと紹介するの」
「紹介……?」
「うん…、そしてね、
俺も恋人ができましたって…」
「じょうだんじゃないっ」
フォーが大きな声を出した
カーヤがぎょっとしてフォーを見る

「お前とそういうことをするだけでも鳥肌が立つのに、
何が悲しくて、恋人なんて言われなきゃならないんだっ
やめろ、不愉快だっ」
「フォ、フォー……ご、ごめん」
カーヤはおろおろと謝った
鳥肌?ではフォーはカーヤとセックスするのがいやだったのか
知らなかった、分からなかった
ずっと会ってくれたから、てっきりカーヤを好きになってくれたんだと

違う。
カーヤはぬくもりに慣れてなかった
だから勝手に勘違いしてしまったのだ
あまりに、フォーのぬくもりが暖かくて、
愛されていると勘違いしてしまったのだ
「ご、ごめん」
自分の過ちに気づいて、カーヤが涙ぐむ

ちっ、と、フォーが舌打ちした
「お前が、あの人に捨てられたのも、分かる気がするよ」
「…………!!!」
「マンションに行くなら行きますよ、
仕事からな。
ただ、恋人なんて思わないでくれ、
俺とあんたはただの他人だ」
「…………」

カーヤは胸のところをぎゅっと握った
痛みでつぶれそうだった
フォー、
フォーのあの優しいぬくもり、肌の味
フォーの声が、少し「あの人」と似ていること、
どれも、好きだった、気に入っていた

「ごめんなさい……」
「どうするんですか?
マンションに行きますか?」
「きょ、きょうは、やめとく……」
涙と震えを隠しながら、カーヤはつぶやいた
「おなか痛いから」
「そうですか、では」
簡素にそう言って、フォーはさっさと去っていった
その後ろ姿を、カーヤは黙ってみていた。
ただ黙って。
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