春の待ち人



さみしさ

電話をすると、いつもの男性の声が聞こえた
突き放したように、いつもの問いを繰り返す
「お名前は」
「カーヤ……カーヤ、です」
「ああ」
男が溜息を漏らす、これもいつもと一緒
「ご指名ですか?」
「フォー……いますか」
「…………」
長い沈黙が落ちた
いつもと違う展開に、少し驚いて、
カーヤは困惑に心音が高鳴った、少し、嫌な予感がする。
フォーに怒られた、あの日以来、フォーとは会っていなかった
会うのが怖くて、フォーがいやがっているなら、会ってはいけないと思って、けれど、
それでも寂しさに耐えかねて、こうしてまた呼び出そうとしている。
カーヤは受話器の線を手に絡ませながら、つばを飲み込んだ。
何が起こったんだろう

「フォーは今、出払っておりまして……」
(あの人も運が悪い)
さっきまで話していたフォーの口ぶりを思い出して、
電話番、ユナ・シャルは思った

「じゃ、じゃあ他の」
なんにも気づいていないらしい、カーヤが言う

「あいにくあなた様のお相手をできそうな者は一人も……」
(ぼっちゃん、あきらめな)
フォーはもう限界だ、と言った
恋人だと、恋人
これ以上もう会えない。
ユナ、あいつの電話が次ぎに来たら、俺はいないと言ってくれ

カーヤが、エデンの家から捨てられた子供でなければ、
もっと違っていただろう、しかし、事実は残酷な現実であり、
カーヤはエデンから捨てられたのだ。
「相手」をしてやれる人間なぞ、一人もいない。
フォーは自分の冷徹な心に自信を持っていた、
だから、カーヤの相手をしたのだろう、
もっと長く続くかと思ったのだけれど

「誰も……?」
「ええ、誰も……」
「……」
カーヤの沈黙を聞きながら、
ユナはもう一度ため息をついた
気の毒なぼっちゃん。あんたが最初からエデンの者じゃなければ良かったのに。
「……フォーは、何時頃戻ってくる?」
「……あいにく、何時とは……」

ここで切ることもできた、
じゃあまたかけなおします、と
フォーはきっと、カーヤを嫌ってしまったのだ
恋人なんて、言ったから。
カーヤが勘違いしたから。
電話なんてかけなければ良かった、後悔している

しかしカーヤは今すぐぬくもりを感じたかった
できればフォー、だめなら誰でもいい
ただ、誰かにそばにいてほしかった
カーヤは時折、発作のように寂しくなって、
人のぬくもりをがむしゃらに求めるときがあった
この時もまた、フォーに会いたくてたまらなかった

「じゃ、じゃあ、あんたじゃだめ……?」
「私ですか?」
「うん……」
「……」

苦笑いを浮かべているような、沈黙が落ちる
とっさにカーヤは早口に捲し立てた

「か、金なら倍払うよ、
だめなら三倍払う、お、おれ、金ならいっぱい、
な、なぁ」
「三倍、ですか……」
「ご、五倍払う」
「それがいくらなのか、分かっているんですか?」

分かっていた
毎月「あの人」から送られてくる、唯一の大事な絆、
その金額の半分以上になる

「だ、大丈夫、
俺、あんまりお金使わないんだ、
あ、あの人が大事だし……ほら、なんかあったら、
これだけ使ってないですよ、って言えるだろ?
そしたら、あの人、お、俺のこと、見直してくれるかもしれないし」

「……」

「だ、だからまだあまってて……」

「二倍払ってください、
そしたら私が行きます」
「う、うん」

カーヤは希望で顔を明るくした
良かった、誰であれ、カーヤのそばに来てくれる
涙を殺して、まくらを抱きしめなくてすむ

「おまえ、な、名前は……」
「ユナ・シャル。
ユナと呼んでください。
5分後に。住所は前と同じところですね?カーヤ?」
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