春の待ち人



マナー

「マナー教えて」
「マナー?」
ユナの胸の上で、吐息をはきながら、カーヤはほうずりをした
「あの人とか……、フォーとか、
お、俺のこと、嫌ってるだろ?」
「……」
ユナは答えられない
フォーのことなら分かる、あいつは嫌っているのではない
好きになりそうだったから、カーヤを遠ざけたのだ
悲しいカーヤ。
あの犯罪者の息子でなければ良かったのに。
「どうか、わかりませんけどね。
それで?なんでそれとマナーが結びつくの?」
「マナー……よくなったら、
好かれるかも」
へへ、とカーヤは笑った。
照れたような笑みだった。
「いっぱいいっぱい勉強して、頭よくなってさ、
マナーもよくなってさ、いっぱしになったらさ、
あの人んとこいくんだ」
「あの人?」
「パ……ルシュ様のところ……
もう、俺、いちにんまえになりました、
やましいこころもすてましたって
そういうんだ、そしたらさ、きっと俺がいっぱいよくなっていたらさ、
きっとお父さんも許してもらえるよ、だって俺が悪かったんだもの
俺が悪いから、父さんは罰せられたんだもの」
「……」
そっとユナはカーヤのほほをひきよせ、接吻をした
冷たい唇のしめった感触に、カーヤはくらくらする
ユナの唇は愛しくて優しい
ユナがカーヤを愛しているのかどうか、分からないけど、
行為の後はいつも、愛されていると錯覚する。
知られないようにするんだ。
絶対知られちゃいけない。カーヤが、ユナを愛しかけていること
あの人に向ける視線と同じように、愛しかけていること。
きっと、ユナは気持ち悪いって言って、出て行ってしまう。
フォーも、カーヤが好きだと言ったら、はなれていってしまった。
あの人も、カーヤの気持ちに気づいたから、
怒って、父さんを牢獄に入れたのだ。
きっと、多分、そう。
父さんが、牢獄に入れられる理由なんて、それしかない。
「ユナ……、マナー教えて、お金払うよ」
快楽に浸りそうになる自分を押しとどめて、カーヤはもういっぺん頼んだ
ユナは微笑んで、そして、そっと頷いてくれた

私は残酷だ。
心の奥底で、ひっそりとユナは思った
笑顔を崩さないまま。
マナーがたとえ良くなっても、
カーヤの父、カデは許されない。
「何をして」獄中に放り込まれたのか、
正式には公表されていないが……、何となく伝わってくる、うわさ話

強姦、ということば。

もう一生、カデは牢獄から出ることは無いだろう
同じようにカーヤも、人から愛されることなど、もう一生ない
同情している訳でも、ましてや愛している訳でもなかった
ユナの心は、人を愛するようにはできていない
ただ、お金が稼げるなら。
それだけの理由で、ユナはカーヤの話を聞き、頷いた
ただ、それだけの理由だと、自分に言い聞かせながら。
( 7 / 15 ページ) Prev < Top > Next