ななう



でんしゃ


うると電話でしゃべった翌日、
あの日、うるを探しにいくと言って、七愛が去って、
湯島が去って、誰も帰ってこなかった日。
夜、7時まで待って、帰ったらうるが電話をしてきたのだ
久しぶりにうるの声を聞いた
うるは、他愛もない、今日は天気だったとか、
有名なメガネザルの先生が面白かったとか、
世間話を2時間もした後、
七愛と仲良くやってるの?と聞いた
僕は寝不足の目をしばしばさせながら、電車に乗った
今日、うると会う約束をしたので、休むわけにはいかなかった
電車の中に、湯島と七愛がいるのが見えた
すごく混んでいたから、合図する暇もなかったけれど

しばらく窓の外を見ながら揺れていた
最初はやけに体をくっつけてくるな、と思った
ゆれるせいかと思ったのだが、
そこを触られたときはっきり痴漢だとわかった

必死に抵抗した
目の端で、湯島がこっちを見るのがわかった
七愛がにやにやしている
痴漢はパンツの中に手を突っ込んで、
もてあそびだした
激しい動きに、嫌悪感と快楽がわき上がってくる
ひどくいやだった
湯島が怒りのような顔をして、なんとかこっちにこようとしている
七愛は笑いながらこっちを見ている

15分して、駅に着いた
車内から吐き出されたとたん、痴漢を見失ったけど
それどころじゃなかった
気分が悪くて、しゃがみこむ
「おたのしみだったじゃん、孔一」
七愛が近づいてきた
「大丈夫か!!?」
湯島が青ざめた顔で近づいてくる
「孔一」
「……気持ち悪い…」
「孔一、」
湯島が背中をさする
「平気か?」
「楽しかったでしょう、ホモなんだから、よかったね、いい目に会って」
「七愛!!」
湯島が叱咤する
信じられない、という顔をしているに違いない、
七愛を見上げていたら、目が回ってきた

え、そんな、
七愛が

七愛があいつをそういう風にしむけたんですか

僕そんなに嫌われてるんですか

そんなに

闇の中で、何か妙なことをずっと考えていた
おなかがずきずきした
ふと、起きたら病院だった


そして話は出だしに戻る

「はい、林檎」
湯島がむいたばかりの林檎をくれる
「うるが、2時頃にくるって」
「へぇ……うるも、七愛に気づいているのかな」
「気づいているよ、俺が言ったから」
「へぇ」
「びっくりしてたね、孔一より」
「ふうん」
しゃくしゃくと林檎は甘酸っぱい
少し寝ようと思った
そう言ったら、湯島が笑った
僕は変なことを言うようだけど、この笑顔が結構好きだ
「湯島、何時までいる?」
「おまえがいいなら、今日は一日いるつもりだよ、
大学休みだし」
「ああ、そうだっけ」
「うん」
言いながら、電気を消してくれる
「お休み」
「む」
「七愛はお前が好きなんだよ、うる」
「……でも」

夢うつつの中で、声を聞いている
この声は、うると湯島の声だ

「おまえがふったあと、泣いてたぜ」
「……」
「孔一につらくあたるのだって、お前のせいだろ」
「そう…」

「七愛を許してやれよ」
「……」

僕は夢を見ているのかもしれない
暗い中で、ゆっくりけだるい重さに支配されながら、
暖かさを感じている
その中で、ぼんやりと、うるが七愛を許したらいいな、と思った
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