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2004
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ななう
くりすます
うるの手が、背中をいききしている
温かくて、涙が出そうになる
うるはいつも七愛を泣かせる
うるがどう思っているのか、七愛にはわからないけれど
キスからはなれて、うるが七愛をじっと見た
その時の、煙ったひとときが好きだった
何の物音もしない、ぬくもりだけしかそこにはない
乾いた感触が好きだった
「うる、ほんとはいや?」
うるの首筋にもたれかかりながら、七愛が聞いた
「……」
うるが微笑む
うるの心音を聞いている七愛には見えなかったけれど
「取引、やめにしたい?」
「七愛はどうしたい?」
卑怯だなぁ、と思いつつも、聞かずにいられない
実際昨日今日の感情ではなく、もうずっと、七愛がかわいくてしょうがないのだ
なんだか悔しいから、言わないだけで
「ぜーったいやめない」
ぷうっとほほをふくらませた七愛を、ひとさしゆびでつつく
「七愛は僕でいいの?」
「なに言ってんの、おまえじゃなきゃすっごいやだよ」
すっごいに力をいれて、七愛が叫んだ
「うん、僕も、七愛じゃなきゃ」
言いかけて、え?っていう顔で、なんともうれしそうな顔で、七愛がこっちを見るから
最後まで言えない
そのかわりもういっぺん、唇をつけた
七愛がおとなしく応じる
なんでこんなに好きになっちゃったんだろ
うるは心地よい温かさの中で、ぼんやり考えた
もう誰にも七愛を、孔一にも、湯島にも、渡したくはなかった
孔一に優しくする代わりに、という取引だけど、
そんなこと、おじゃんにしちゃいたかった
七愛が悲しそうな顔で、うるに口づけたとき、
その冷えた唇を知ったとき、
あれから好きになったのかもしれない
自分でも早急な心のかわりようがおかしかった
その様子を見ていた男がひとり、
部室の外のドアをずるずるとしゃがみ込んだ
「まじかよ」
くしゅんっと孔一はくしゃみした
「まじかよーーー」
頭を抱えてうずくまる
「ううん」
「孔一」
不意に声をかけられた
首をめぐらせると、湯島が立っていた
「どうした?変なもんみちゃったか?」
「あー今、部室入らない方がよいよ」
「あいつら、仲良くなったのか」
くすくすと湯島は笑った
「そしたら肉まんでもかって、庭で時間つぶすか?」
「お、いいな、肉まん」
落ち込んでいてもしょうがない
ぱん、ぱんとほほをたたいて、孔一は立ち上がった
「行こうか!湯島!!」
「うん」
庭に出ると、少し寒かった
通り雨がさっき降ったらしい、
地面がぬれていて、夕暮れの赤い景色の中、
人々がまばらにそこに靴跡を残しながら歩いている
ベンチを拭いて、座り、かってきた肉まんをほうばる
「あちょ」
「気をつけろ、やけどするぞ」
「うまいなー」
もまもまと食べる
湯島は自分の肉まんに口も付けず、僕の顔をじっと見ていた
「なんかおかしい?」
「ほほについてる」
「あ」
拭おうとするよりも早く、湯島が接吻してきた
ほほにだけど、たいそう驚いた
湯島の舌がぺろりとなめて、離れた
そのまま、何事もなかったように、手のひらの肉まんを、一口食いちぎる
「……」
僕はなんだかどうしていいんだかわからず、手でそこをちょっと押さえて、
また肉まんをほうばりだした
冷静に装ってみたけれど、実際はすごくどきどきしていた
すごくすごく
夕暮れの景色は奇妙なほど、雲が流れていた
灰色の暗い色合いに、ピンク色の色彩がうつり、
不思議な雰囲気になっている
「七愛がね」
「うん」
もう一口、湯島が肉まんを食べる
その動きになんだか目が吸い寄せられる
「僕と、湯島の、その、そういうの見たいんだって、
でも冗談なんだって」
いけないいけない、何を言っているのかわからない
かなり動揺しているぞ、この僕は
「ああ、セックス?」
「せっ……」
なんだってこのサークルの人は、そういうことを平気で口にするのか
ほほが染まるのがわかる
湯島がにこにこしながら僕を見ている
くそー
「孔一は、まだ七愛が好き?」
「考えろって言われた」
「考えろ?」
「七愛に昨日告白したんだけど」
手を暖めていく肉まんをしみじみ見ながら
「好きな人は七愛じゃないって」
「そう言われたんだ」
「うん」
くすくすと湯島は笑った
何かをとても愛しむように
「それで、考えたの?」
「考えたよ」
「誰が好きかわかった?」
ぱっと、湯島の顔が浮かんで消えた
隣にいるのに、おかしいな
昨日の夜もこうだった、考えようとすると、湯島の声や、顔が浮かぶんだ
おかしいな
「わかんなかった」
「そうか、俺じゃだめ?」
さらりと湯島が言った
ぎょっとして僕は固まってしまう
湯島が優しくもういっぺん言う
「俺、孔一のことがすごい好きなんだけど」
すごい好きなんだけど。
すごい好きなんだけど。
唇がひくひくする。笑いそうだ、にやけそうだ、どうしよう
「ううん」
「難しいかな」
「ううう」
「キスしたらわかるかもよ」
湯島が笑う
そう言えばこの顔が、すごく好きだっけ、
思い当たってまた真っ赤になった
ほほが熱い。風が気持ちいい
「なんでキス」
「嫌いな人だったらいやじゃん」
「そうか」
「うん」
「じゃ、じゃあ」
目をぎゅっとつぶると、湯島が吐息をつくように、笑ったのがわかった
そのまま、柔らかい感触が、唇にあたった
湯島のぬくもりがわかる
「~~~」
「…………」
気がついたら、肉まんを握りつぶしていた
湯島が離れて、僕に笑いかけた
うーくそ
「どうだった?」
湯島が聞く
わかってるくせに、くそ、きたないぞ
「おしえてあげない」
「あ、ひどいんだ」
「だめ」
つぶれた肉まんを無理矢理口につめる
けほっけほと咳き込むと、湯島が背中をさすってくれた
「僕、すごいにぶかったかも」
「うん?」
「全然わかんなかった」
こんなに好きだったんだなって言いそうになって、
慌てて口を閉じる
「こんなにすかれてることに?」
湯島はまた柔らかい笑みを浮かべてる
ええい、そういうことにしてしまえ
湯島は、僕の手を自分のひざにおいて、
上から手をかぶせた
温かかった
湯島が空を見上げるから
僕もつられてみる
一番星が輝いていた
そう言えば今日はクリスマスだ
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温かくて、涙が出そうになる
うるはいつも七愛を泣かせる
うるがどう思っているのか、七愛にはわからないけれど
キスからはなれて、うるが七愛をじっと見た
その時の、煙ったひとときが好きだった
何の物音もしない、ぬくもりだけしかそこにはない
乾いた感触が好きだった
「うる、ほんとはいや?」
うるの首筋にもたれかかりながら、七愛が聞いた
「……」
うるが微笑む
うるの心音を聞いている七愛には見えなかったけれど
「取引、やめにしたい?」
「七愛はどうしたい?」
卑怯だなぁ、と思いつつも、聞かずにいられない
実際昨日今日の感情ではなく、もうずっと、七愛がかわいくてしょうがないのだ
なんだか悔しいから、言わないだけで
「ぜーったいやめない」
ぷうっとほほをふくらませた七愛を、ひとさしゆびでつつく
「七愛は僕でいいの?」
「なに言ってんの、おまえじゃなきゃすっごいやだよ」
すっごいに力をいれて、七愛が叫んだ
「うん、僕も、七愛じゃなきゃ」
言いかけて、え?っていう顔で、なんともうれしそうな顔で、七愛がこっちを見るから
最後まで言えない
そのかわりもういっぺん、唇をつけた
七愛がおとなしく応じる
なんでこんなに好きになっちゃったんだろ
うるは心地よい温かさの中で、ぼんやり考えた
もう誰にも七愛を、孔一にも、湯島にも、渡したくはなかった
孔一に優しくする代わりに、という取引だけど、
そんなこと、おじゃんにしちゃいたかった
七愛が悲しそうな顔で、うるに口づけたとき、
その冷えた唇を知ったとき、
あれから好きになったのかもしれない
自分でも早急な心のかわりようがおかしかった
その様子を見ていた男がひとり、
部室の外のドアをずるずるとしゃがみ込んだ
「まじかよ」
くしゅんっと孔一はくしゃみした
「まじかよーーー」
頭を抱えてうずくまる
「ううん」
「孔一」
不意に声をかけられた
首をめぐらせると、湯島が立っていた
「どうした?変なもんみちゃったか?」
「あー今、部室入らない方がよいよ」
「あいつら、仲良くなったのか」
くすくすと湯島は笑った
「そしたら肉まんでもかって、庭で時間つぶすか?」
「お、いいな、肉まん」
落ち込んでいてもしょうがない
ぱん、ぱんとほほをたたいて、孔一は立ち上がった
「行こうか!湯島!!」
「うん」
庭に出ると、少し寒かった
通り雨がさっき降ったらしい、
地面がぬれていて、夕暮れの赤い景色の中、
人々がまばらにそこに靴跡を残しながら歩いている
ベンチを拭いて、座り、かってきた肉まんをほうばる
「あちょ」
「気をつけろ、やけどするぞ」
「うまいなー」
もまもまと食べる
湯島は自分の肉まんに口も付けず、僕の顔をじっと見ていた
「なんかおかしい?」
「ほほについてる」
「あ」
拭おうとするよりも早く、湯島が接吻してきた
ほほにだけど、たいそう驚いた
湯島の舌がぺろりとなめて、離れた
そのまま、何事もなかったように、手のひらの肉まんを、一口食いちぎる
「……」
僕はなんだかどうしていいんだかわからず、手でそこをちょっと押さえて、
また肉まんをほうばりだした
冷静に装ってみたけれど、実際はすごくどきどきしていた
すごくすごく
夕暮れの景色は奇妙なほど、雲が流れていた
灰色の暗い色合いに、ピンク色の色彩がうつり、
不思議な雰囲気になっている
「七愛がね」
「うん」
もう一口、湯島が肉まんを食べる
その動きになんだか目が吸い寄せられる
「僕と、湯島の、その、そういうの見たいんだって、
でも冗談なんだって」
いけないいけない、何を言っているのかわからない
かなり動揺しているぞ、この僕は
「ああ、セックス?」
「せっ……」
なんだってこのサークルの人は、そういうことを平気で口にするのか
ほほが染まるのがわかる
湯島がにこにこしながら僕を見ている
くそー
「孔一は、まだ七愛が好き?」
「考えろって言われた」
「考えろ?」
「七愛に昨日告白したんだけど」
手を暖めていく肉まんをしみじみ見ながら
「好きな人は七愛じゃないって」
「そう言われたんだ」
「うん」
くすくすと湯島は笑った
何かをとても愛しむように
「それで、考えたの?」
「考えたよ」
「誰が好きかわかった?」
ぱっと、湯島の顔が浮かんで消えた
隣にいるのに、おかしいな
昨日の夜もこうだった、考えようとすると、湯島の声や、顔が浮かぶんだ
おかしいな
「わかんなかった」
「そうか、俺じゃだめ?」
さらりと湯島が言った
ぎょっとして僕は固まってしまう
湯島が優しくもういっぺん言う
「俺、孔一のことがすごい好きなんだけど」
すごい好きなんだけど。
すごい好きなんだけど。
唇がひくひくする。笑いそうだ、にやけそうだ、どうしよう
「ううん」
「難しいかな」
「ううう」
「キスしたらわかるかもよ」
湯島が笑う
そう言えばこの顔が、すごく好きだっけ、
思い当たってまた真っ赤になった
ほほが熱い。風が気持ちいい
「なんでキス」
「嫌いな人だったらいやじゃん」
「そうか」
「うん」
「じゃ、じゃあ」
目をぎゅっとつぶると、湯島が吐息をつくように、笑ったのがわかった
そのまま、柔らかい感触が、唇にあたった
湯島のぬくもりがわかる
「~~~」
「…………」
気がついたら、肉まんを握りつぶしていた
湯島が離れて、僕に笑いかけた
うーくそ
「どうだった?」
湯島が聞く
わかってるくせに、くそ、きたないぞ
「おしえてあげない」
「あ、ひどいんだ」
「だめ」
つぶれた肉まんを無理矢理口につめる
けほっけほと咳き込むと、湯島が背中をさすってくれた
「僕、すごいにぶかったかも」
「うん?」
「全然わかんなかった」
こんなに好きだったんだなって言いそうになって、
慌てて口を閉じる
「こんなにすかれてることに?」
湯島はまた柔らかい笑みを浮かべてる
ええい、そういうことにしてしまえ
湯島は、僕の手を自分のひざにおいて、
上から手をかぶせた
温かかった
湯島が空を見上げるから
僕もつられてみる
一番星が輝いていた
そう言えば今日はクリスマスだ