いっぱいいっぱい好きなひと



別れの予感

朝から曇り空で、
湿った風がふいている日だった、
きゅーばれみーむーんを歌っている人の
新譜が出ると聞いたので、
ほくほくでCD屋に行った時のこと。

どこにあるかな、
マイナーな人だから、あんまどどんとは売ってないだろうなーとか思いながら、
チュカ国ジャズ(その人はチュカ国出身なんだ)の新譜を探していたら、
細川を見つけた。
細川もチュカ国ジャズの棚に立って、
なんだか泣きそうな顔をしていた。

あれ以来、細川とは一度も会ってなかった、
電話をしても、細川はごめん、忙しいんだ、というし、
それは俺にとってかなりのダメージだった。
何を言ったら許してくれるんだろう、誤解なんだ、
とほんとに悲しかった。
新譜を買いに来たのも、一つは細川のことがあったから。
彼に、新しいCDを手に入れたから、おいで、というつもりだった。
そんなことで、細川がなびくかわからなかったけど。

俺は、細川がはなれようとすると、みっともないほど取り乱す。
そんな自分が哀れだと思うし、なんとかしなけりゃなんないと思う。
だけど、細川がいなくなると、いてもたってもいられなくなって、
細川をどうしても求めてしまう、会いたくて、会いたくて。
細川は、いつか誰か、「女」のとこに行ってしまう、人なのに。

そっと細川の隣に立って、声をかける。
精一杯明るいように。
「何をお探しですか、お客さん」
「……小江」
細川が、ふうっと笑った、
すっごく疲れた笑みだった。
不意に心配になる、
俺は勝手に細川が俺に会いたくなくてそう言っていると思っていたけれど
もしかして、本当に忙しかったのだろうか、
なんで?こんなに傷愴するほど?
「どうした?
疲れてるじゃないか」
「ん……なんでもない」
細川が、ちょっと顔をあげて、きゅーばれみーむーんの人のCDを見つけて
手に取った。俺の探していた新譜だった。
「ん?その人、気に入ったの?細川、
俺買うし、貸すよ?」
「……いい、俺、自分で買うから」
「……そっか」
そうしたら、もうしゃべることがなくなって、
無言が落ちる。
久しぶりに会った細川を、やっぱり俺は大好きだと感じていた、
心が、じゃない、もう、体が。
細川の、長い茶色がかったまつげや、
吐息や、気配を、全身で喜んでる。
うう。俺、すごいだめだ、だめなやつだ。
細川が、俺をいらなくなったら、あきらめる。
決めていたのに。
ずっと決めていたのに。
「なぁ」
細川が、振り返る。
その顔が頼りなげに笑っている。
「おまえのうちにあるCD、どれ?」
胸が裂けるようにぐさっと来た。
それは、つまり、もう俺の家では、
そのCDは、聞かない、ってこと……?細川。
「ん、こ、これ」
声が震える。
指した手まで震えた。
慌てて片手でその手を隠す、
細川がそのCDを手に取る。
「きゅーばれみーむーん」
「チュカ語らしいよ」
「そっか」
うん、と細川が笑った。

知ってる?細川、
その言葉の意味は、あなたを愛してるって意味で、
あなたと添い遂げたい、とその歌は歌ってるんだ。
細川と聞いていた時、俺は、その歌のあなたと
細川をなぞっていた。好きだったよ、細川。

涙がにじむ。
手でごしごしこすると、細川がはてな、って顔で見上げた。
「どうしたの?どっか具合悪いの?小江」
「い、いや、ちょっとゴミが……」
「大丈夫?とれた?」
「う、うん」
手を放すと、細川と目があった。
ふたり、
ただ少し、みつめあった。
何にも考えず、
何にも感じず。

細川。



俺は新譜のCDを、
細川はきゅーばれみーむーんを買って、
CD屋を出ると、雨がしとしとと降り続いていた。
雨、ふってるねぇって言うと、
細川は大事そうにCDの入ったバックを胸に抱きしめた。
その顔が、また泣きそうな顔になってる。
細川、細川、
声をかけると、なに?と心細そうに聞く。
折り畳み傘。
笑って鞄から出したら、つられて笑ってくれた。
「あげる」
「え……」
「あげるよ」
ぽいっと、細川の手に渡す、
細川がなにか言う前に、鞄を頭にのせて、走り出した。
いい。
この雨でいい。
泣いても、雨のせいだと言える。

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