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つきあかり、あのひ、なみだ
春の告白
夕方から小雨が降り続いている
このごろ天気は崩れやすくて、
雪だったり、雨だったり。
風に吹かれて舞うような雨で
雲は少ししか流れていない
冬の一日が、終わろうとしている
木の葉がかさかさ揺れた
もうすぐ、「ことし」が終わって
「らいねん」がくる
枯れ草に足跡が、ぽつりぽつりとつくのを意識しながら
春はすぐ後ろを歩く、
悠の吐息を感じていた
初日の出を見よう、と訪ねて来たのは悠
今から行ったら、凄く待つよ、と答えたけれど
すぐに支度をはじめてしまって、わくわくしながら玄関に出たのは春
あれから、あの、闇虫のことから、いったい何日経っただろう
春はあの屋敷を出て、自分の家も出て、神崎氏の所有しているアパートを一つ借りた
悠と季志は、時折二人で遊びにきた
電話もくれた
春は前々からこっそり通っていたサイダー工場でアルバイトをしながら
生活費を作っていて
来年は卒業だから、そのまま就職しないか、と誘われている
悠と季志は大学に推薦で合格が決まっていたらしい
そのまま、そこに進む、と言っていた
カキはお金を半分受け取って、半分春に返した
とっときなさい、これからが大変だから
そう言って、笑って去っていった
そのかわり、と、春のスケッチブックを指して
「これを売ってくれ」
最初は断った。
こんなへたくそなの、だめ、だめ、だめ、と言ったけど
カキはどうしても、と言って譲らない
結局春は折れて、渡してしまった
カキは半分受け取った報酬の倍の値段を春に払った
春は大変に拒否したが、カキがいい加減にしなさいと、なぜか怒りだしたので、
もらってしまった
そのお金は、アパートの頭金にした
春の闇虫は、まだおなかに巣を食っている
カキに、治せないのか、と聞いたら、
闇虫がよほど体にまわらないと、
(それこそあの時の季志みたいにまわらないと、)
引きはがすことはできない、と言われた
辛くなったら悠に電話して、「処理」してもらった
それだけ、心にあとがついて、すまなさが残る
山にも行った、今、横切っている春の大好きな山
季志と、悠と、悠の弟と、春の四人で行った
次にはそこに悠の両親も来て、みんなで行った
一人でも、何度も行った
山はいつも、穏やかな顔をして、春を迎えてくれた
クリスマスに、悠が色鉛筆を、季志がスケッチブックを買ってくれて、
だから、春はまた、絵を描き始めた
夜の山は、舗装されているとはいえ、危険だ。
だから、登るのはやめて、近くにある小高い野原で日の出を待つことにした
季志もいるのかと思ったら、悠しかいなかった
季志は、
「よんどころない事情」があって
「違う人と過ごしている」らしい
野原につくと、夜光花がふわふわとゆれていた
夜露がその光に照らされて
星屑を絨毯にばらまいたような、
一面、きめ細やかな輝きで満ちていた
「……」
春は息をのんで、その光景に見とれた
悠が後ろで同じように見とれているのが分かった
闇の中で、ひときわ大きなものが転がっているのが見えた
備え付けられている、木でできた椅子だ
「座れるかな」
春が人差し指で指して、言う
悠がうなづいた
やっぱりむすっとした顔だった
おかしかった
しばらく、星座を数えながら、持ってきた温かいお茶を飲んで過ごした
「あれがオプロス座、ミミンガ鳥の形してるだろ」
悠は博識で、春の知らない星座の形を教えてくれる
嬉しくて、春ははしゃいでいた
「すごいね、すごいね、赤いのが目?
ね、ね
ミミンガ鳥って、本当は鳥じゃないんでしょ?」
「うん、なんか思念の固まりらしいけど、
詳しくは分かってないらしい」
「お茶飲む?」
「うん」
ちゃぽちゃぽとつぐと、湯気がふわあっとわいて
あたりにお茶のにおいが立ちこめる
湿った冷たさの中で、たった一つの救いのように
「悠、聞いていい?」
「うん?」
「セフレってなに?」
ぶうっと、悠がお茶を吹き出した
げほっげほっと、咳き込む
その背中を撫でて、春は疑問符がいっぱい頭に散らばった
「なんで?なんか変なことなの?」
「あ、あんまりくちにしないほーがいい」
「悠と季志はセフレだって、季志が……」
「……」
「悠?」
「あとで、なぐっとく」
夜の中で、よく見えないけれど、悠は真っ赤になっているらしい
「なんかHな言葉なの?」
悠がじっと、春を見た
そっと顔を引き寄せて、耳打ちする
今度は春が真っ赤になった
「あ、そ、そう」
「うん」
「う」
一生懸命、春はお茶を飲んだ
少し、やけどしてしまった
「あち…」
「平気か?」
「ん……」
しばしの沈黙
星の瞬きと
湯気の揺らぎが、音を覆ってる
「……、もう、セフレじゃないけどな」
ぽつりと、悠が言った
「へ?」
答えて、春の頭が音を立てて停止する
「好きな人できたんだって」
「……季志、すきなひと……」
「春、好きな人、いるか?」
ぷるぷるっと、春は頭を振った
すっきりさせたかった
落ち着け、今はぼんやりしている時じゃない
「僕、……いる……うん……いっぱい好きな人……」
「ふうん」
無表情なのが、もっと無表情になった
悠は空を見上げてる
目が、ちらちらと悲しげに揺らめいている
「ずるいんだ、」
「何が」
「自分から、言えないんだ、好きだって
嫌われたくないから」
「好きだって言ったら、嫌われるのか」
「終わりにしたくなくて
ずっと、このままでいたくて……
怖いから……」
「誰が好きなんだ?」
唐突に、悠が春を見た
そのまっすぐな視線に、春は微笑んだ
愛しそうに。
心はもう、決心していた
言わなければいけないこと。
「悠」
「うん?」
「呼びかけた訳じゃないよ」
悠が、じっと、春を見ている
春は真っ赤になって、だけど、悠の視線をとらえて、返した
先に、悠が視線を外した
「ああ、そう」
口元がにやにや笑ってる
「そうなんだ」
「うん……」
星の音があるとするなら、どんな音なのだろう
光は、かすかに揺らめき、瞬き、
一定の固さを持つ月よりも、頼りなげだった
「俺も……」
「…」
「隣にいる人が好きだな」
「どっちの隣」
どきどきした
心臓が、痛いぐらいにどきどきした
涙が、ちょっとにじんだ
「こっち」
悠が、春の手のひらを握って、上下に動かした
もう片方の手で持っているお茶が音を立てて揺れた
「春、つきあおう」
「……」
「毎日でもあいたい」
「……」
「なくな」
「だって」
ぬぐってもぬぐっても、じわじわ滲みだす涙を手で隠しながら
春はしゃっくりをあげた
「しあわせで」
「うん」
悠が春を引き寄せる
胸に頭を抱いて、さらさら、ゆっくりと髪をなぜる
悠の胸は温かかった
「どうしていいか…っ
わからないっ」
「うん……」
悠は春の頭にくちづけをした
温められた髪が、さらさら流れて
悠のぬくもりを感じながら、春は、胸の中がいっぱいになって、
涙があふれるのをどうしても止められなかった
悠の心音が、春の耳に届く
とく、とく、とくっととろけるような音
春は悠の胸に接吻した
悠がその顔をそっと支えて
唇に唇を重ね合わせた
柔らかな感触が落ちる
月が、それを見ていた
日の出まで、まだ時間がある
どんなにどんなに暗い道を、歩いていても、
いつかきっと光が見えるに違いない
これからきっと、何度も何度も、苦難は襲い来る
それでも
この幸せを、胸に残して、歩こう
歩こう
この夜のように
悠の胸の中で、ふと光を感じた
悠と二人で、快楽をむさぼっていたけだるい体
顔を少しずらして、悠の腕の隙間から、空を見る
日の出だ
悠が、動いた春の耳を追って、唇をつけた
「あけましておめでとう」
耳元でささやいて、舌に食む
「おめでとう」
春は微笑んだ。
幸せに満ちた、全てを抱きしめた微笑みだった。
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夕方から小雨が降り続いている
このごろ天気は崩れやすくて、
雪だったり、雨だったり。
風に吹かれて舞うような雨で
雲は少ししか流れていない
冬の一日が、終わろうとしている
木の葉がかさかさ揺れた
もうすぐ、「ことし」が終わって
「らいねん」がくる
枯れ草に足跡が、ぽつりぽつりとつくのを意識しながら
春はすぐ後ろを歩く、
悠の吐息を感じていた
初日の出を見よう、と訪ねて来たのは悠
今から行ったら、凄く待つよ、と答えたけれど
すぐに支度をはじめてしまって、わくわくしながら玄関に出たのは春
あれから、あの、闇虫のことから、いったい何日経っただろう
春はあの屋敷を出て、自分の家も出て、神崎氏の所有しているアパートを一つ借りた
悠と季志は、時折二人で遊びにきた
電話もくれた
春は前々からこっそり通っていたサイダー工場でアルバイトをしながら
生活費を作っていて
来年は卒業だから、そのまま就職しないか、と誘われている
悠と季志は大学に推薦で合格が決まっていたらしい
そのまま、そこに進む、と言っていた
カキはお金を半分受け取って、半分春に返した
とっときなさい、これからが大変だから
そう言って、笑って去っていった
そのかわり、と、春のスケッチブックを指して
「これを売ってくれ」
最初は断った。
こんなへたくそなの、だめ、だめ、だめ、と言ったけど
カキはどうしても、と言って譲らない
結局春は折れて、渡してしまった
カキは半分受け取った報酬の倍の値段を春に払った
春は大変に拒否したが、カキがいい加減にしなさいと、なぜか怒りだしたので、
もらってしまった
そのお金は、アパートの頭金にした
春の闇虫は、まだおなかに巣を食っている
カキに、治せないのか、と聞いたら、
闇虫がよほど体にまわらないと、
(それこそあの時の季志みたいにまわらないと、)
引きはがすことはできない、と言われた
辛くなったら悠に電話して、「処理」してもらった
それだけ、心にあとがついて、すまなさが残る
山にも行った、今、横切っている春の大好きな山
季志と、悠と、悠の弟と、春の四人で行った
次にはそこに悠の両親も来て、みんなで行った
一人でも、何度も行った
山はいつも、穏やかな顔をして、春を迎えてくれた
クリスマスに、悠が色鉛筆を、季志がスケッチブックを買ってくれて、
だから、春はまた、絵を描き始めた
夜の山は、舗装されているとはいえ、危険だ。
だから、登るのはやめて、近くにある小高い野原で日の出を待つことにした
季志もいるのかと思ったら、悠しかいなかった
季志は、
「よんどころない事情」があって
「違う人と過ごしている」らしい
野原につくと、夜光花がふわふわとゆれていた
夜露がその光に照らされて
星屑を絨毯にばらまいたような、
一面、きめ細やかな輝きで満ちていた
「……」
春は息をのんで、その光景に見とれた
悠が後ろで同じように見とれているのが分かった
闇の中で、ひときわ大きなものが転がっているのが見えた
備え付けられている、木でできた椅子だ
「座れるかな」
春が人差し指で指して、言う
悠がうなづいた
やっぱりむすっとした顔だった
おかしかった
しばらく、星座を数えながら、持ってきた温かいお茶を飲んで過ごした
「あれがオプロス座、ミミンガ鳥の形してるだろ」
悠は博識で、春の知らない星座の形を教えてくれる
嬉しくて、春ははしゃいでいた
「すごいね、すごいね、赤いのが目?
ね、ね
ミミンガ鳥って、本当は鳥じゃないんでしょ?」
「うん、なんか思念の固まりらしいけど、
詳しくは分かってないらしい」
「お茶飲む?」
「うん」
ちゃぽちゃぽとつぐと、湯気がふわあっとわいて
あたりにお茶のにおいが立ちこめる
湿った冷たさの中で、たった一つの救いのように
「悠、聞いていい?」
「うん?」
「セフレってなに?」
ぶうっと、悠がお茶を吹き出した
げほっげほっと、咳き込む
その背中を撫でて、春は疑問符がいっぱい頭に散らばった
「なんで?なんか変なことなの?」
「あ、あんまりくちにしないほーがいい」
「悠と季志はセフレだって、季志が……」
「……」
「悠?」
「あとで、なぐっとく」
夜の中で、よく見えないけれど、悠は真っ赤になっているらしい
「なんかHな言葉なの?」
悠がじっと、春を見た
そっと顔を引き寄せて、耳打ちする
今度は春が真っ赤になった
「あ、そ、そう」
「うん」
「う」
一生懸命、春はお茶を飲んだ
少し、やけどしてしまった
「あち…」
「平気か?」
「ん……」
しばしの沈黙
星の瞬きと
湯気の揺らぎが、音を覆ってる
「……、もう、セフレじゃないけどな」
ぽつりと、悠が言った
「へ?」
答えて、春の頭が音を立てて停止する
「好きな人できたんだって」
「……季志、すきなひと……」
「春、好きな人、いるか?」
ぷるぷるっと、春は頭を振った
すっきりさせたかった
落ち着け、今はぼんやりしている時じゃない
「僕、……いる……うん……いっぱい好きな人……」
「ふうん」
無表情なのが、もっと無表情になった
悠は空を見上げてる
目が、ちらちらと悲しげに揺らめいている
「ずるいんだ、」
「何が」
「自分から、言えないんだ、好きだって
嫌われたくないから」
「好きだって言ったら、嫌われるのか」
「終わりにしたくなくて
ずっと、このままでいたくて……
怖いから……」
「誰が好きなんだ?」
唐突に、悠が春を見た
そのまっすぐな視線に、春は微笑んだ
愛しそうに。
心はもう、決心していた
言わなければいけないこと。
「悠」
「うん?」
「呼びかけた訳じゃないよ」
悠が、じっと、春を見ている
春は真っ赤になって、だけど、悠の視線をとらえて、返した
先に、悠が視線を外した
「ああ、そう」
口元がにやにや笑ってる
「そうなんだ」
「うん……」
星の音があるとするなら、どんな音なのだろう
光は、かすかに揺らめき、瞬き、
一定の固さを持つ月よりも、頼りなげだった
「俺も……」
「…」
「隣にいる人が好きだな」
「どっちの隣」
どきどきした
心臓が、痛いぐらいにどきどきした
涙が、ちょっとにじんだ
「こっち」
悠が、春の手のひらを握って、上下に動かした
もう片方の手で持っているお茶が音を立てて揺れた
「春、つきあおう」
「……」
「毎日でもあいたい」
「……」
「なくな」
「だって」
ぬぐってもぬぐっても、じわじわ滲みだす涙を手で隠しながら
春はしゃっくりをあげた
「しあわせで」
「うん」
悠が春を引き寄せる
胸に頭を抱いて、さらさら、ゆっくりと髪をなぜる
悠の胸は温かかった
「どうしていいか…っ
わからないっ」
「うん……」
悠は春の頭にくちづけをした
温められた髪が、さらさら流れて
悠のぬくもりを感じながら、春は、胸の中がいっぱいになって、
涙があふれるのをどうしても止められなかった
悠の心音が、春の耳に届く
とく、とく、とくっととろけるような音
春は悠の胸に接吻した
悠がその顔をそっと支えて
唇に唇を重ね合わせた
柔らかな感触が落ちる
月が、それを見ていた
日の出まで、まだ時間がある
どんなにどんなに暗い道を、歩いていても、
いつかきっと光が見えるに違いない
これからきっと、何度も何度も、苦難は襲い来る
それでも
この幸せを、胸に残して、歩こう
歩こう
この夜のように
悠の胸の中で、ふと光を感じた
悠と二人で、快楽をむさぼっていたけだるい体
顔を少しずらして、悠の腕の隙間から、空を見る
日の出だ
悠が、動いた春の耳を追って、唇をつけた
「あけましておめでとう」
耳元でささやいて、舌に食む
「おめでとう」
春は微笑んだ。
幸せに満ちた、全てを抱きしめた微笑みだった。