つきあかり、あのひ、なみだ



いつか復讐を


その日も雨だった
カレンダーを見ると、あれから2日ぐらいしか経っていないようだ
だけど春は、あの出来事がなんだか夢のように思えて、
もっと日にちが経っているような錯覚を起こしていた
ポケットの中の、銀色の薬だけが、夢ではないと言っている
2回、発作が起こって、薬を飲んだ
発作は2回とも、あっさり収まった
季志にも闇虫のことを話し、発作のことを言った
彼は

「大変だ」

と言って笑った

ぼんやりと、部屋の中から、
窓にあたる雨を見ていると、
悠がとなりに座った
窓の中の悠は、やっぱり優しい目で、春を見ている

「聞いていいか?」

その唇がひらかれて、深い音で言葉が漏れた
響きが、春は好きだった

「うん、なに?」

春が振り返って、じっと悠を見る
悠は顔には出さなかったが、
このごろの春の変化に戸惑っていた
例えば、こんな風に人の顔をじっと見る癖、
前から春はこんなに……、こんなに色っぽかっただろうか

「闇虫が、どうして憑いたのかとか」

「……うん」

「聞いてよかったら、聞きたい」

「興味?」

興味半分だったら、いやだな、と春は思った
自分はいいけれど、悲しい話をして、
悠がいやがるといやだった

「いや……」

口の半分だけで笑って、悠は首を振った
季志は、ベッドの上で、音楽を聴きながら眠っている
このところ、彼はよく眠る

「理解したい……
おもしろ半分じゃないよ」

「うん……」

くすっと春は笑った
こんなに、毎日笑うようになるなんて、
例えば一年前、春は知っていただろうか、いや、知らなかった
世の中の不幸、全て、背負っている気がした

「父にね、よく殴られたから」

「うん」

「母の、前の夫の子供なんだって、僕
だからかも知れない」

「……うん」

「おわりです」

「……」

難しい顔で、悠は考え込んだ
ふっと、不安が過る、
悠は、こんな話、やっぱり嫌だったのかもしれない

「今も……」

その唇を悲しい想いで見ていると、
悠が言葉を発した

「今、その、父親を、恨んでいるか?」

じっと、悠を見る
その目が、凛々しく光っている。

「いつか、復讐してやる、って思ってる」

「うん……」

「いっとう幸せになって、
いっとう優しくなって、
家族を持って、愛されて、愛して、
いっとう幸せになってやる、って思ってる」

「……」

「復讐、してやるんだ」

悠は微笑んだ、
何もかも、全て包み込むような、
そんな笑みだった

「それが、復讐か」

「うん」

沈黙が落ちた
心地よい、何か、穏やかなものを含んだ沈黙だった
雨の音が、心にしみ込む

「そんなこと、聞かれたの、初めてだ」

「あ、聞いちゃいけなかったか?」

「んーん」

春は悠の手を、そっと握った
悠が驚く。顔には出なかったけれど

「誰かに言いたかった、そういう風に」

ぽろっと、春のほほに、涙が落ちた
悠が慌てた。今度は顔に出た

「ご、ごめん、すまん、泣かないでくれ」

「んーん、違うの、違うの」

「春、すまん、すまん」

あわあわと、悠が手を動かす
だけど春に触ることができなくて、
春は笑ってしまった

「どうしよ……、とまんない」

「春、……しゅん、すまない」

「ん……悠、は、こんな話、
嫌いじゃない?」

涙で途切れながら、たどたどしく春が聞いた
悠はぶんぶんと首を振った

「俺が聞いたんだ、
それに」

「それに……?」

「それに……」

そこからあとは続かない
ずっと、雨が降っていた

ベッドの上で、壁を見ていた季志が、気づかれないようにため息をついた
その目は、嬉しいような、優しいような、そんな光で満ちていて
少しだけ、悲しさがにじんで消えた
( 7 / 15 ページ) Prev < Top > Next
2004-01-17 838:59:59